2017年3月24日 (金)

森友学園問題からみえた 安倍首相の“傲慢症候群”

森友学園問題からみえた 安倍首相の“傲慢症候群” 

    
    

 森友学園をめぐる疑惑は、渦中の籠池泰典氏が野党の視察団に「安倍首相から(昭恵)夫人を通して2015年9月5日、100万円をもらった」と暴露し、事態が急変。3月23日に国会で証人喚問が行われることになった。

 証人喚問でどんな発言が飛び出すのかが注目されるが、一連の疑惑の中で最も国民の関心が高いとされているのは、学園側が国有地を評価額よりも大幅に安く取得した問題だ。「政治家の口利き」があったのかなかったのか、あったとすれば一体誰なのかという問題をまず解明すべきだとの意見も多数聞かれる。

 一方で、「口利き」がまったくなかったのだとすれば、国有地を超格安で購入できたのは一体なぜなのかという謎が残る。真っ先に考えられるのは、財務省の役人が安倍首相の意向を「忖度(そんたく)」した可能性だ。

 著書『オレ様化する人たち――あなたの隣の傲慢症候群』(朝日新聞出版刊)で、「忖度」のメカニズムについて解説した精神科医の片田珠美さんが、この問題について寄稿した。

*  *  *

 忖度とは、「他者の欲望」を敏感に察知し、先回りして満たすことを指す。これは、人間が社会で生きていくうえで不可欠な能力だ。なぜならば、フランスの精神分析家、ラカンが言っているように「人間の欲望は他者の欲望」であり、われわれは幼い頃から、親や教師などの周囲の大人の欲望を察知し、それを満たすことで環境に適応してきたからだ。

 当然、親の欲望を忖度する子供ほど、親の期待に応えようと、勉強、習い事、スポーツなどを頑張る。つまり、勉強のできる「いい子」というのは、だいたい“忖度の達人”といえる。

 そんな忖度の達人は、大人になってからも上司の意向を察知するのがうまく、それに沿うようにふるまうため、上司から有能で役に立つ部下とみられることが多い。当然、出世する可能性も高い。

 例えば財務省のキャリア官僚には、忖度の達人がそろっていると考えられる。彼らは一様に、認められたいという承認欲求も、自己保身や出世欲も人一倍強いだろうから。

 こういう組織では、多かれ少なかれ、上司の意向を忖度して動くことが多い。特に傲慢なトップが長期間君臨している組織では、トップの意向を忖度しなければ生き残れないため、その意向を忖度せざるを得なくなる。

 必然的に、傲慢人間の周囲には、忖度の達人、つまり「イネイブラー(支え手)」が集まりやすくなる。

© Asahi Shimbun Publications Inc. 提供 

 以前筆者は、安倍首相が「傲慢症候群(ヒュブリス・シンドローム)」に罹患(りかん)している可能性を示唆し、第24回参議院選挙での勝利によって一層悪化するのではないかと指摘したことがある。

 籠池氏やその家族のキャラクターにばかり目が行きがちだが、何よりも問題なのは、安倍首相が自分自身への批判を許さず、自分の意向を忖度してくれる人間ばかり周囲に集めようとしたことではないだろうか。出世願望の強い財務省の官僚がそれに気づいて、お得意の忖度癖を発揮したことが今回の一連の騒動を招いたように筆者の目には映る。

 その意味では、安倍首相の傲慢症候群こそ、すべての元凶なのかもしれない。

2017年3月23日 (木)

室井佑月「いい感じで弱ってきてます」〈週刊朝日〉

室井佑月「いい感じで弱ってきてます」〈週刊朝日〉

dot. 3/23(木) 7:00配信    

 自衛隊の南スーダン撤退、認可や国有地の売却をめぐる森友学園の問題について、作家・室井佑月氏が論じる。

*  *  * 
 3月10日、安倍首相は南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣している陸上自衛隊を5月末で撤収すると発表した。

 よかった。この国の縁の下の力持ち、大事な自衛隊の方々が、謎の事故死なんてことになる前で。

 だって、彼らに対して不誠実だもん。稲田防衛大臣は「憲法9条上の問題になる言葉は使うべきじゃない」などといい、だから戦闘という言葉じゃなく、武力衝突という言葉を使うと説明した。

 自衛隊の方々は国に命じられ命をかけて危ない場所にいっているのに、危ない場所だと認めたくない、っておかしいよ。

 政府は撤退する理由として、「一定の区切りをつけることができる」「治安の悪化によるものではない」などといっていたが、ほんとにそうなのだろうか。

「そういうことをやってみたかった」というぐらいの感覚で自衛隊を南スーダンに派遣し、森友学園問題で責められている今、自衛隊員が亡くなりでもしたら、「マジで俺、ヤバい」、そう思っての判断だったようにも感じる。

         

 いいや、もっと単純か。この会見、森友学園の籠池理事長の会見とぶつけてきた。おかげで、テレビ中継は、籠池さんへの記者の質疑応答部分が飛ばされてしまった。そこがいちばんの見せ場だった。

 記者たちは会見の前日、籠池さんがYouTubeに流した動画会見と、今回の会見での発言の食い違いを指摘した。

 なぜ、認可申請を取り下げたのか? なぜ、理事長職を退くことにしたのか? 10年以上、自分には会っていないと国会答弁で述べていた政治家(稲田大臣)に、「2年ほど前にお会いしたことがあるんじゃないかなぁ」とまでいい、「しっぽ切りはやめていただきたい」との脅しまでかける勢いだった籠池さん。

 なぜ急に1日経ったら、「国会議員の口利きはない」と発言することになったのか。

 それはやっぱり、テレビで放送されなかった部分にヒントがあったように思う。

『日本会議の研究』の著者である菅野完さんが、こんな質問をしたのだ。

「認可を自分から取り下げるって知恵をつけたのは、稲田さんの旦那さんの、龍示さん(弁護士)ですか?」

 籠池さんは慌てて、一瞬、黙り、質問とは関係ない話を捲(まく)し立てた。その後、長男が菅野さんを罵倒。怪しさ満点。これがテレビで流れていたら……。どう考えても前日のYouTubeの脅しが利いて、政治家と身の安全を守れるような裏取引をしたような感じだわい。

 ま、森友学園については、法令に基づく適正な手続きといってきかなかった、不当な国有地格安販売の嘘がバレてきている。安倍さんの留学&ゴルフ友達の、加計学園・新設学部の怪しい話も出て来た。

 共謀罪も、政府が目標としていた10日の閣議決定を断念したしな。いい感じで弱ってきたぅ~。

※週刊朝日  2017年3月31日号

(以上、週刊朝日より転載 了)

2017年3月22日 (水)

公明党は共謀罪に賛成。それでいいのか?

創価学会の初代会長の牧口常三郎氏と、二代会長になる戸田城聖氏は、創価学会の公式の歴史では治安維持法と不敬罪で逮捕されて投獄されました。
そして、牧口氏は獄中で亡くなるという悲惨な歴史を創価学会は抱えているのです。
そのような歴史を踏まえて、人権擁護の運動などをしてきたのではないですか。
それが創価学会が支持母体の公明党は、なんと共謀罪の法制化に賛成。
共謀罪とは実際に犯罪行為をしなくても、犯罪をしようとしたという容疑で逮捕・処罰できる法律。
もし共謀罪がそのような性質の法律でないと反論されるならばお聞きしたいのです。
共謀罪は日本の法体系を一変させる法律です。
たとえば人を殺しても、人を殺せなくても襲っても、殺すと脅しても、人を殺そうと凶器を準備しても、凶器を持ち歩いても逮捕・処罰されるのが今の法体系。
つまりは、このようなことをしたから、それは法律に違反するという流れになっています。
でも、人を殺したいなんて友人同士で話をしても逮捕・処罰されるのが共謀罪。
つまりはなんの動きもない段階で逮捕・処罰できる、その危険性があります。
これって現在の法体系を一変させることになります。
話を戻せば、創価学会員の方に伺いたいのは、牧口氏や戸田氏が治安維持法や不敬罪で逮捕され獄中に入れられたのは正当なことだったのでしょうか、ということ。
牧口氏や戸田氏は治安維持法や不敬罪で逮捕されるような国家の安寧や皇室の尊厳を毀損するようなことをしたのですか?
そんなことはないと創価学会の会員さんが返答してくださったら伺いたいです。
国家の安寧や皇室の尊厳を毀損するようなことをしなくても逮捕され獄中に入れられたのが牧口氏や戸田氏ではなかったのですか?
つまりは、時の政府や官憲の意向で逮捕される危険性もはらんでいるのが治安維持法や不敬罪であったのです。
では治安維持法や不敬罪にはらむこの性質が共謀罪にはない、一般市民がこの法律で逮捕されることはないという、その担保はどこにあるのでしょうか。
後になって、一般市民が逮捕される危険性が露呈したとき、公明党・創価学会員はなんと言い訳するのでしょうか?
そのための法律でない、法律の運用が間違えているだけだ、と言うのでしょうか。
法律の運用によってはその危険性があるでは済まないのです。
まさか共謀罪にまで賛成するとは、公明党の議員は各個人のなかにある信仰というベースも捨てて、創価学会員を単なる集票マシーンに観ている証拠でもあるのです。
創価学会員もいい加減気づきましょうよ。
集票マシーンをやっていたら功徳になるなんて、子どもも騙せない話を真に受けている場合ですか。
だいたい、池田大作氏の言葉からしても安保法制も共謀罪も賛成に回れる理由が見つかるはずがないです。
人生の師匠だの永遠の師匠だの、池田氏を尊敬するふりをするのはもうやめたらどうですか?
池田氏の言葉に従わないで池田氏を尊敬していますって、冗談もいい加減にしてほしいですね。
すると、創価学会の会員の間では、池田先生はお元気で公明党の方針を承認してくださっている、と噂が流れる。
それならば、池田氏は二枚舌の使い手なのですかってなるのですよ。そこまで人生の師匠の名誉を傷つけて何が、池田先生の弟子ですか。
弟子ならば師匠の言葉に忠実になろうとするものではないですか。
すると公明党と創価学会とは別ですって言う学会員さんもいます。
そのくせ選挙が近くなると投票を依頼してくる。公明党に投票すると功徳になるんですよって、そんなことまで言ってくる。
もういい加減、そういうその場その場で立場を使い分けて、何が何だかわからないことはしないほうがいいのではないですか。
 

森友学園問題と共謀罪

大阪府の森友学園の理事長・籠池氏が安倍首相から100万円の寄付を受けたと言いました。
別に、安倍氏にとっては選挙区外ですから寄付は問題はありません。
しかし、自民党の竹下氏が籠池氏のこの発言に、総理に無礼だ、と怒りました。
野党から求められても、自民党は籠池氏の参考人招致に、面白いからとやることではない、民間人を呼ぶべきでない、と拒否してきました。
ところが、一変、籠池氏を参考人どころか証人として呼ぶと自民党が言い出しました。
ここで考えなくてはならないのは、自民党の籠池氏を参考人としても招致しない理由を自ら簡単に崩したことです。
一方、自民党と公明党は共謀罪を法制化しようとしています。
自民党や公明党は、共謀罪は一般市民を対象にしたものでなくテロ集団を対象にしたものだと説明しています。
でも、籠池氏のこの例を見てみてください。
民間人だから参考人として招致するのはおかしい、と言ってきたはずなのに、安倍氏の名前を出した瞬間に、証人として国会に呼ぶというのです。
一般市民だから共謀罪とは関係がないと言っていても、政権の批判や政治家の名前を出したら共謀罪とつなげられる、その危険性がないのでしょうか。
少なくても、その危険性はないという担保はあるのでしょうか。
籠池氏の証人喚問へのプロセスを見て、共謀罪の将来像に危険なニオイを感じるのですが。

2017年3月17日 (金)

ツイッターで「ランチなう」と投稿する人は嫌われる 「そんなとこまで気を回せねーよ」「好きなこと呟かせろ」と反論続々

ツイッターで「ランチなう」と投稿する人は嫌われる 「そんなとこまで気を回せねーよ」「好きなこと呟かせろ」と反論続々

                      
ツイッターで「ランチなう」と投稿する人は嫌われる 「そんなとこまで気を回せねーよ」「好きなこと呟かせろ」と反論続々

ツイッターで「ランチなう」と投稿する人は嫌われる 「そんなとこまで気を回せねーよ」「好きなこと呟かせろ」と反論続々の画像

ツイッターでは思ったことを気軽に投稿できて便利だが、内容によっては見た人を不快にさせてしまうことがある。高級ブランド品などをさりげなく写して投稿する「間接自慢」などは最たる例だろう。

そんな中、3月15日のバラエティ「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ)では、「好かれる人 嫌われる人」を特集が放送された。その内容を同日、とあるツイッターユーザーが番組のキャプチャー画像とともに投稿し、ネットで話題となっている。

「仕事のネガティブ・自慢投稿」と「忙しさアピール投稿」もダメ

番組は米国のカーネギー大学など3校の調査結果を紹介。1443人のツイッターユーザーに対して4万3000件のツイートをランダムに見せたところ、ツイートの25%を「どうでもいい」と感じていることがわかった。特に「ランチなう」といったようなツイートはまさにどうでもいいことにに当たるというのだ。

ではなぜ「ランチなう」ツイートは嫌われるのか。心理学者の植木理恵氏はその理由について、

・客観的評価のズレ(自分はランチを食べていることを発信していい人間なのだという勘違い)
・他者時間に対する無配慮(「なう」は発信者のタイミングにすぎない)
・汎用性配慮の無さ(みんなに役立つ情報がない)

の3つを挙げて説明した。ツイートの中で、どの店の何のメニューが美味しいなどの情報があればいいが、「私の食べてるランチが美味しい」と発信するだけでは「誰の役にも立っていない」と植草氏は語気を強める。これにはMCの明石家さんまさんが「そうとるのか、受け手は!」と驚いていた。

ほかの嫌われる投稿として、マーケティング研究家の牛窪恵氏は「仕事のネガティブ・自慢投稿」と「忙しさアピール投稿」を挙げた。プライベートのリア充投稿が最も嫌われると思いきや、意外にも受け手は寛容なようだ。

「何でもない報告を楽しむのがツイッターじゃねえのかね」

嫌われるツイート内容についてネットでは、「情報云々とかではなくてやはり単に人のネガティブな言葉って他人もネガティブにさせてしまう力もあるから」と共感する人がいた。確かに、愚痴や悪口が多い人の側にいると聞いている方も気が滅入るものだ。

だが圧倒的に多いのが、「全部気にしてたら何もツイート出来なくなりますね笑」など、いちいち内容を気にしてツイッターができるか!、という意見だ。

「嫌われるツイートとか関係ねーわ。好きなこと呟かせろ」
「そんなとこまで気なんて回せねーよ」
「一般人のツイートに注文付けてんだか。何らかの縁で繋がった方々の何でもない報告を楽しむのがツイッターじゃねえのかね」

中には、「現実での発言(職場内とか)に気をつけてるんでついったくらい気にせず呟きたい」という投稿もあったが、普段は学校や職場での人間関係で発言を気をつけているのだから、せめてツイッターくらい自由に書かせてほしいという気持ちはわかる。

気軽に楽しめるのがツイッターの魅力のひとつだ。投稿の内容や読んだ人の反応まで考えていては窮屈ではある。とはいえ、わざわざ人から嫌われることはない。不快にさせないための参考として心に留めておくのもいいのではないか。

 

衰退する日本の新宗教

衰退する日本の新宗教 --- 島田 裕巳

2015年02月16日 11:37

去年(2014年)の夏、たまたま私は8月1日に大阪に行く用事があった。8月1日と言えば、日本の新宗教の代表であるPL教団(正式にはパーフェクト・リバティー教団)が行う花火大会の日に当たっていた。そこで、家族も伴い、これを見に行くことにした。30年近く前に一度行ったことがあり、あまりのすごさに圧倒されたことがあったからである。

ただ、これは、花火大会ではなく、教団にとっては重要な神事である。初代教祖の御木徳一は、晩年自分が「死んだら嘆いたりせずに花火を打ち上げて祝ってくれ」と言っていた。その教祖のことばにしたがって行われているわけで、正式な名称は「教祖祭PL花火芸術」という。

私自身も楽しみにしてPL教団の本部のある富田林市に向かった。会場には多くの人間がつめかけていた。そして、神事が行われた後、花火が打ち上げられた。

最初は、さすがPLの花火は違うと思って見ていたのだが、次第に前に見たときと比べて、派手ではなくなっている気がしてきた。「いったいこれはどうしたことだろうか」と思っていると、ラストに一斉に花火が打ち上がるところがほんの短い時間で終わってしまった。これには、正直驚いた。

前に見たときは、これでもかという具合に花火が上がり続け、空が燃えるているように見えた。ところが、今回はまったくそうではなかった。家族はそれなりに満足していたが、昔を知る人間からすると、いったいあの花火はどうなってしまったのかと落胆の思いがわき上がってきた。

他の観客のなかにも、同じような感想を同伴した人間に語っている人もいた。翌日の新聞を見ると、記事になっていて、14万発の花火が上がったとされていた。これを見て、私は落胆の原因をはっきりと理解した。なにしろ以前は、20万発の花火が上がっていたからである。
これに接して、私はPL教団が相当に衰退しているのではないかと感じた。実際、その後には、高校野球の名門だったPL学園の野球部が、部内でのいじめや監督の不在を理由に、来年度は部員を募集しないという発表があった。週刊誌などの報道では、その背後に教団の衰退があるとされていた。

宗教団体の内情は、どこもなかなか分からないものである。信者の数にしても正確な数字は出ない。ただ、各教団は、規模が大きなところは、毎年宗教法人を所轄する文化庁に信者数を申告しており、その数は、『宗教年鑑』に掲載される。これは、いわば公称の数字ということになるが、これしか頼りにならないので、これを使ってPL教団の信者数の変化を見てみることにした。

私の手許には、平成2年版の『宗教年鑑』があったので、それを文化庁のHPに載っている平成24年版の数字と比較してみた。1990年から2012年までの22年間に、どういった変化が見られるかを確かめてみたのである。

それによると、平成2年版で、PL教団の信者数は181万2384人となっていた。これはかなりの数である。ところが、平成24年版では、それが94万2967人となっている。この22年間で、信者数は86万9417人も減少したことになる。ほぼ半減である。

PL教団がこうした数字を発表しているということは、実際にはかなりの規模で、もっと言えば驚異的な規模で信者数の減少が起こっていることになる。近年、PL教団では、支部の教会の整理統合を相当に進めている。それも一つの教会に所属する人間の数が減り、維持運営が難しくなったからであろう。

花火についても、経費削減が行われたのだろうし、PL学園がごたごたしているのも、教団の力が衰えているからに違いない。ネット上の情報なのではっきりしないが、教団の機関誌の購読者は7万人程度しかいないとも言われる。

では、ほかの新宗教ではどうなのだろう。私が、『日本の10大新宗教』(幻冬舎新書)で取り上げた教団を中心に見ていくと、衰退はPL教団だけではないことが明らかになってきた。

ただし、『宗教年鑑』の平成24年版では、単立法人と言って、その下に教会などをもっていない包括法人でないところについては、信者数が載っていない。したがって、すべての教団について数字をあげることができないが、分かる範囲で述べれば次のようになる。最初にあげる数字が平成2年版のもので、後が平成24年版のものである。

天理教180万7333⇒119万9652
大本17万2461⇒16万9525
生長の家82万1988⇒61万8629
天照皇大神宮教45万4442⇒47万9707
立正佼成会633万6709⇒323万2411
霊友会316万5616⇒141万2975
世界救世教83万5756⇒83万5756
真如苑67万2517⇒90万2254

日本最大の新宗教教団、創価学会が含まれていないのは、ここが単立の宗教法人だからで、平成2年版でも数はまったく発表されていなかった。ただ、創価学会は独自に信者数を発表していて、現在では827万世帯である。世帯数で発表するところに特徴があるが、この数は近年変化していない。

今あげた数字を見てみると、信者数を減らしている教団が少なくないことが分かる。しかも、100万人以上の信者数を誇っていた大教団であるほど減少は著しい。霊友会など、175万人も減少し、55パーセントも減っているのである。

天理教も60万人、立正佼成会も310万人近く減少している。そうした教団に比べると目立たないが、生長の家でも、20万人以上減っている。世界救世教の数字が変わらないのは、それが実情を示していない証である。

増えているのは、微増の天照皇大神宮教を除くと、真如苑だけである。真如苑の公表する信者数は、『日本の10大新宗教』でその理由を述べたが、かなり正確なもので、実数と考えていい。その点からしても、新宗教のなかで、真如苑だけが伸びていると言える。

真如苑の場合は、接心という簡易なカウンセリングに近いものが中心で、組織としての活動はそれほど活発ではない。その点で、他の新宗教の教団と同列に扱っていいのか、そこには問題がある。

おそらく各教団が報告している信者数は、これでもかなり水増しされている可能性がある。となると、それぞれの新宗教教団は、衰退が著しいと見ないわけにはいかない。それぞれ信者の高齢化が進んでいるとも言われるが、これは、世界的な傾向でもある。イギリスでは、国内の新宗教について高齢化が進み、教団の活動が停滞していることを指摘する論文も発表されている。

日本の新宗教がその勢力を拡大したのは高度経済成長の時代で、都市に流入してきた地方の人間たちを吸収することで大教団への道を歩んだ。

すでに高度経済成長は過去のものとなり、日本は低成長、あるいは安定成長の時代に入って久しい。となると、新宗教に入信してくる人間はいなくなる。

創価学会は、他の教団に比べると世代交代に成功した方だが、それでも外の人間が折伏されて新しく会員になることはほとんどなくなった。新入会員は、会員の家に生まれた赤ん坊だけだったりするのである。

島田 裕巳
宗教学者、作家、東京女子大学非常勤講師、NPO法人「葬送の自由をすすめる会」会長。元日本女子大学教授。

(以上、アゴラより記事を転載。ただし公称信者数の推移について原文では数字に区切りを付けていないので私のほうで矢印を付けました)

確かに新宗教を観てきて多くの新宗教が信者数が衰退していると感じます。

これは教団側にしたらかなりの深刻な問題です。

信者は教団の維持には経済的な理由からも不可欠な存在ですから。

信者が減少すれば、上記の記事でも触れられていましたが、たとえば教会の統廃合を進めて、維持できるだけの規模に縮小せざるを得ません。

そこで、布教はとても大切になりますし、家族内での信仰の継承も大切になるのです。

以前からラジオ番組として宗教の時間を持っていた教団はいくつもあります。今も放送しているかわかりませんが、私の知る限り、新宗教では、天理教、念法真教、生長の家、円応教があります。一方、メディアを大々的に活用した方法で布教を熱心にしたのが、以前ですと、阿含宗であったり、現在ですと幸福の科学であったりします。

費用は相当かかるもののメディアを大いに活用しての布教です。

阿含宗は毎年2月11日に京都山科で行われる星まつりをテレビ番組として放送していました。また、雑誌『アーガマ』の発行をしたりもしていました。

幸福の科学では、毎年、映画を作り、出版も積極的です。最近では芸能活動による布教もやろうとしています。

次に、上記の記事で信者数の推移を挙げた教団で、宗教年鑑の信者数を挙げた平成3年版と平成24年版との間に内紛や分裂が起きた例として、大本、生長の家、霊友会、世界救世教が挙げられます。

ということは、教団の分裂が起きて、分派した教団に移った信者もいますから、信者数が減った理由はそこもあるのです。

ただ私のブログでも取り上げたことがありますが、そもそも上記に転載した記事にある「公称信者数」は文化庁が毎年発行する宗教年鑑に掲載されたもので、それは各教団からの申告ですから、信者数の数え方も各教団に任されていますし、誰が信者かどうかという確認はないですから、いわゆる水増しはいくらでもできるのです。

たいがいは教団の側は信者を対外的にも多く見せようとしますから、多めの信者数にするのです。その多めがかなりの場合もあります。

ですから、公称信者数をみているだけでは実態がわかりません。

ただ、信者数を多めに見せようとしても前年よりも減少した数で申告していることは、信者数の実数は分からなくても、少なくても信者数は減少しているということだけはいえるでしょう。

2017年3月16日 (木)

芸能人と宗教

テレビ界の宗教タブーは「信仰している芸能人が多いから」

                      
テレビ界の宗教タブーは「信仰している芸能人が多いから」

信仰を持つ芸能人は意外と多い

 清水富美加の「幸福の科学」出家騒動でにわかに注目の的となった芸能人と宗教の関係。古くは1992年8月、桜田淳子(58才)が韓国・ソウルで行われた「統一教会」(現・世界平和統一家庭連合)の合同結婚式に参加したことは、ファンのみならず社会に大きな衝撃を与えた。

「桜田は有力な広告塔の1人。合同結婚式で一般男性と結婚した後は芸能界から姿を消し、家事と3人の子育てに専念するかたわら、集会で講演するなど布教活動も熱心に続けてきました」(宗教事情に詳しいジャーナリスト)

 子育てが一段落した2013年には、デビュー40周年を記念したファンイベントで22年ぶりにステージに。今年4月には音楽イベントでも一夜限りの復帰を果たし、本格的な復帰も囁かれている。

「創価学会」とともに、多くの信者がいることで知られるのが真言宗系の仏教教団「真如苑」だ。女優・沢口靖子(51才)もその1人で、彼女が芸能界入りを決意したのも信仰からだった。

「沢口は小学校の頃から母親に連れられて真如苑の大阪精舎に通っていた。1984年の『第1回 東宝シンデレラ』のグランプリに輝き、デビュー翌年にはNHKの朝ドラ『澪つくし』に抜擢されたが、実は大学に進学して書道教師になる夢を持っていて、進路に迷っていた」(沢口の知人)

 そんな時、沢口は『接心』(霊能者が霊界から発せられた言葉を信徒に取り次ぐ行為)を受け、芸能界入りを決意したという。沢口は当時、真如苑の機関紙『歓喜世界』(1985年夏秋号)のインタビューで《誠実に仕事を重ねてゆくところに、道はおのずと開かれるとのご霊言に、私の心も決まって(略)》と語っている。

 高橋惠子(62才)も「真如苑」の信者だが、沢口と違い、入信したのは芸能界入りしたずっと後のことだ。

 中学卒業と同時に芸能界入りし、主役を務めた映画『高校生ブルース』では15才にしてヌードを披露。その後、自身とイメージとのギャップや仕事のプレッシャーから、自殺未遂を図ったり、作家と逃避行したりと、まさに波瀾万丈の半生を送っていた。

 そんな折、交際中だった現在の夫に連れられて真如苑に入信。雑誌インタビューで、《ひとりの人間として大事なものを見つけることができた》と答えた。

 ゆずの北川悠仁(40才)は、母・慈敬さん(79才)が1999年に真言宗系宗教団体「かむながらのみち」を自ら設立、その教主を務めている。

「北川さんの妻の高島彩さん(38才)は姑である慈敬さんに嫁として認められようと結婚前、ふたりが式を挙げることとなった慈敬さんが所有する山梨県の身み曾そ岐ぎ神社を何度も訪れていました。1泊2日がかりの修行を高島さんのお母さんと一緒に受けてもいましたよ。それに同僚アナウンサーを連れて修行に訪れたこともありました」(神社関係者)

 大好きなお酒も控え、修行に励み、算命学の勉強まで始めた高島。今では神社に高島専用の部屋も常設され、慈敬さんは「いつかは悠仁夫妻に教団を任せたい」と話しているという。

 斉藤由貴(50才)は「モルモン教」の信者で、集会で偶然会った教徒の男性と1994年に結婚。当時、『サンデー毎日』(1994年11月13日号)のインタビューではこう答えていた。

《信仰が軸になっている結婚だとは思います。(子供のころから)結婚するなら同じ信仰の人がいいと思ってました。宗教の違いから生じる結婚生活の問題っていうのは多いと思うんですね》

 浮き沈みが激しい芸能界。宗教に私生活を支えられるケースは少なくない。

「芸能人にとって、特定の宗教を熱心に信仰することは人気面でもアドバンテージがあります。その宗教を信仰する信者の人たちが応援してくれますからね。だから意外ですが、宗教を信仰している芸能人も多く、撮影や打ち合わせでは宗教の話はタブーなんです」(テレビ局関係者)

※女性セブン2017年3月30日・4月6日号

(以上、女性セブンより転載 了)

この記事を読んで、目新しいところはなく、記事に登場する女優などの信仰はよく知られていることです。今更、沢口靖子さんが真如苑の信者なんて書いても、それは以前から知られていることです。

2017年3月15日 (水)

安倍首相ら自民幹部「公明の協力なしでも勝つ」と、公明党もなめられたものだ

安倍首相ら自民幹部「公明の協力なしでも勝つ」

安倍総理は、自民党の二階幹事長、下村東京都連会長と会談し、「公明党の協力なしでも東京都議選を勝ち抜く」という方針を確認しました。
 「今度は公明党がなくても、自民党は自民党で地力を発揮して、この選挙を勝ち抜く。これを総理と3人で確約してきた」(自民党 二階俊博幹事長)

 会談で二階幹事長は、7月の都議選では42ある選挙区の各候補者に国会議員3人を配置し、応援態勢を組む考えを総理に示したということです。

 自民党東京都連は、都議会公明党の推薦を得られないことで議席を大きく減らすのではないかと危機感を募らせていて、安倍総理も巻き込んだ応援態勢を敷くことを示すことで、攻勢を強める小池知事側や公明党をけん制する狙いもあるものと見られます。(15日00:12)
 
(以上、TBSより転載 了)
本音では自民党議員の中で、公明党と決別したい、ただ、創価学会員の集票力は離したくないけれど、という人が多いのではないですか。
自民党からすれば、おとなしく公明党・創価学会が自民党に従ってくれれば、それでいいけれど、公明党がキャスティングボードを握りたいなどと下心をもつな、ということでしょうね。
ただ、公明党がキャスティングボードを握るなんていうのはもう無理ではないですか。
というのは、あまりに自民党に追従するくせがついて、今更、自民党から離れることなどできないと思うからです。
もう自民党依存症になっているのが公明党でしょう。
それでも自民党と決別したとしても、行き場がないのです。
今更、「福祉の党」「平和の党」なんて看板も出せません。
野党として生きる力も、自民党と対抗する力もありません。
ただ創価学会本部の指示を守りながら、自民党にすり寄っていれば権力者側として生きられるという根性が染み付いてしまったのが、今の公明党議員の姿ではないですか。
 

こんな人が国会議員で、まして防衛大臣でいいのか

稲田防衛相「記憶に基づいた」発言で窮地に

フジテレビ系(FNN) 3/15(水) 1:11配信

「森友学園」関連の訴訟には関わっていないと、記憶に基づいて話していた稲田防衛相だが、14日になって、訂正と謝罪を行った。
「全く、私の記憶に基づいて...」、「私は記憶に基づいて...」、「自分の記憶に基づいて...」。
「記憶に基づいて」というフレーズを、14日の閣議後の会見で、およそ9分間に7回も連呼した稲田防衛相。
この「記憶に基づいた」発言が、窮地を招いた。
稲田防衛相は「(国会答弁との食い違いがある?)私は全く、自分の記憶に基づいて、『今まで顧問弁護士であったことも、法律相談をしたこともない』と」と述べた。
13日まで、「森友学園の籠池理事長の裁判などに関わったことはない」と断言していた稲田防衛相。
しかし、森友学園が2004年に起こした民事訴訟に、稲田防衛相が、代理人弁護士として出廷していた記録が明らかになるや、これまでの強気の姿勢を一転させた。
稲田防衛相は「夫の代わりに出廷したことを確認できましたので、訂正し、おわびいたします」と述べた。
わずか1日で訂正された、「記憶に基づく発言」を、野党は厳しく追及。
民進党・新緑風会の舟山康江議員が「都合の悪いことは忘れる、『記憶にない』と言う。これが通じれば、何でもありじゃないですか」、「報道が出なければ、そのまま放っておいた、逃げ切れたと思っているんですか」とただすと、稲田防衛相は「逃げ切れるとか、逃げ切れないかではなくて、出廷していたことが確認ができたので、私自身も朝、それで訂正をし、おわびをいたしたいと考えております」と述べた。
民進党の升田 世喜男衆院議員は「言うまでもなく! 国会で、虚偽答弁を続けるような人物が、閣僚の座にとどまっていては、いけないのです!」、「稲田防衛相には、即刻辞任を求めます!」と述べた。
野党からの辞任要求に、稲田防衛相は、「今後とも、誠実な答弁に努め、誠心誠意、職務にあたっていきたいと考えている」と述べ、あくまでも辞任しない考えを強調した。
安倍首相に高く評価され、防衛相に抜擢された稲田氏。
これまでも、その言動が、野党の追及の的になることがあった。
自衛隊の視察のため、8月15日の戦没者追悼式を欠席したことでは、民進党の辻元清美議員は「『命をささげた方に、感謝の心を表すことができない国家ではなりません』と言っているにもかかわらず、欠席するというのは、わたしは言行不一致ではないかと」と述べた。
これに対し、稲田防衛相は「ご指摘は、ご指摘として...」と、言葉に詰まり、涙ぐむ場面も。
また、自衛隊の南スーダンPKO(国連平和維持活動)部隊の日報をめぐる問題では、野党の追及に、安倍首相が再三にわたり、助け船を出していた。
民進党の辻元清美議員は「防衛大臣が答えずに、総理が出てくる、これはね、世界中に対して、この防衛大臣は情けないなと思われるんですよ」と述べた。
そして、今回明らかになった、籠池理事長に関する記憶と事実の矛盾。
民進党の山井国対委員長は「これだけ大きな問題になっている森友学園との関係に関して、明確な虚偽答弁をしたことに関しては、もう大臣の資質に著しく欠けると思います」と述べた。
森友学園をめぐる疑惑が、次々と明らかになる中、今、稲田氏に対する大臣としての資質を問う声が上がっている。

最終更新:3/15(水) 1:11

(以上、FNNより転載 了)

防衛大臣ということは、もし日本に緊急事態が生じたときに、自衛隊を出動させる責任者です。

それがこの体たらくでは、出動命令を受ける自衛隊員がたまりません。有事や災害派遣の際には生命の危険と隣り合わせで任務に当たらなくてはならないのです。

それなのに、もし何か責任問題が生じたときに「記憶にない」で済まされたらたまったものではありません。

普段、「軍国少女」なんて揶揄されるようなタカ派で、大日本帝国憲法下の日本に戻したいような考えなのに、いざ自分にかかわる問題になると、自分は知らない、自分は関係ないで通すのでは困ったものです。

そもそも以前に弁護士として籠池氏から業務を頼まれたことは、弁護士としての業務として文句はありません。

しかし、籠池氏に問題があるとなると、自分は全く籠池氏とは関りがない、関係を切ったとする、その態度に疑問をもつのです。

 

2017年3月13日 (月)

森友学園“極右”理事長は教諭を次々と失踪させていた!(3)バスが到着するなりどなる アサヒ芸能より

森友学園“極右”理事長は教諭を次々と失踪させていた!(3)バスが到着するなりどなる

                      
森友学園“極右”理事長は教諭を次々と失踪させていた!(3)バスが到着するなりどなる

森友学園“極右”理事長は教諭を次々と失踪させていた!(3)バスが到着するなりどなる

 橋下徹氏(47)がツイッターで〈大疑獄事件と疑われるのは仕方がない〉とまで言う今回の騒動を演出する籠池氏に関しては、「塚本幼稚園」での極端な教育方針も波紋を呼んでいる。

「教育勅語を重視し、在日韓国人や朝鮮人を排斥するなどの右翼的思想。本をただせば副園長の夫人に叩き込まれたものですが‥‥」

 顔をしかめてこう語るのは、かつて塚本幼稚園に勤務した元教諭である。

 香川県生まれの籠池氏は関西大学を卒業後に奈良県庁に就職。79年に諄子夫人と結婚後、筋金入りの右翼思想を持つ夫人の父親が初代園長を務めていた塚本幼稚園で副園長となる。義父が没してからは園長に就任し、理事長も兼任するようになった。前出・元教諭は言う。

「2人(籠池夫妻)の意思こそ絶対。職員には何一つ権限がないんです。例えば、父兄から寄せられた苦情はどんな小さなものでも、諄子副園長か籠池理事長に報告しなければなりませんでした」

 クレームに対し、諄子夫人は直筆のメモや手紙で対応していたが、「韓国人はウソつきだ」という民族差別や恫喝まがいの内容ばかりだったという。

「園児の送迎バスが幼稚園に到着するや、副園長が鬼の形相で、同乗していた教諭をいきなりどなりつけるんです。『あなたなんか辞めなさい』『あなたは韓国人ですか』と。教諭たちも『原因なんて、まったくわかりません』と言っていました。とにかくただただ理不尽で、夫妻で『担任の権限はあなたにない!』と面罵することもあった。園児も皆、おびえた表情をしていました」(子供を通わせていた保護者)

 こうした教育方針と対立する家庭には、容赦なく退園処分が下されたという。とはいえ、

「園児は簡単にやめられるだけ、マシなのかもしれません」

 と、前出の元教諭は深いため息をつく。日夜、籠池夫妻のご機嫌を伺い、公然と罵倒されることでノイローゼ気味になる職員が続出。だが、退職を申し出ても許可が下りることはめったにないという。

「英会話や剣道といった、ハイレベルなカリキュラムがあり、教えられる教諭が限られていますからね。ところが、給与は私立幼稚園の平均よりも安い。こうした教諭の負担を籠池夫妻は理解しようとせず、罵倒し続けるだけです。身も心も疲弊しきっても逃げることが許されない中、ある日突然、連絡がつかなくなる。つまり、失踪です。こうした教諭が次々と出ました。父兄は『あぁ、また飛んだのね』とアキレていますよ」(前出・元教諭)

 そんな犠牲の上に成り立っていた、ゆがんだ「愛国教育」もまた、異常と言うべきものだった。

(以上、アサヒ芸能より転載)

«森友学園“極右”理事長は教諭を次々と失踪させていた!(2)「安倍総理の要請で出馬する」 アサヒ芸能より