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2013年11月22日 (金)

宗教が現実世界で果たす役割 2

(以下の内容は、このブログで前の記事「宗教が現実世界で果たす役割 1」で掲載した毎日新聞の記事の転載についてですので、前の記事「宗教が現実世界で果たす役割 1」もお読みください。)

この毎日新聞で掲載された記事で登場する方で私が直接お会いしてお話を交わした方は4名いらっしゃいます。

玄侑宗久師は臨済宗妙心寺派の僧侶で、現在、福島県三春にあるお寺の住職。多くの方は僧侶であることは知っていても直木賞作家としてのイメージが強いでしょう。

震災以後、玄侑師はたくさんのコメントを求められ、復興に向けての役職にも就きました。震災後、かなり忙しかったのは私にも分かりました。

さて、よくこういう言葉を聴きます。

「仏教は死んだ人を相手にするもの」といった意見。

仏教というと葬式や法事、お盆、お彼岸といった亡くなった方の弔いと結びついていますからね。

でも、私は思うのです。人間、一番悲しくつらい時は身近な人、あるいは可愛がっていたペットを亡くしたときではありませんか。

大切な人やペットを失うというのはどれほどつらく苦しいことでしょうか。そして、今生きている私たち自身だって、やがて、いや何時おとずれるか分からない死を迎えるのです。他人事ではないのです。誰かの死に泣いている自分が誰かに泣かれる身になるのです。

そう、誰もが「死」を恐れ、悲しみ、つらくなるのです。「死」にどのように向き合っていくのか、それは昔も今も人間だからこそ抱え込んだ大きな問題だったのです。

その「死」に向き合うことで、私たちは「生」とも向き合うことにもなるのではないでしょうか。

亡くなった方を弔うのに、その亡くなった方に向き合うことで、私たちは自分たちのいのちに向き合うことになるのではないですか。

実は、宗教の大きな役割はそこにあると思うのです。

商売繁盛、家内安全、交通安全、合格祈願、当病平癒…そういうことも日々の生活には大切なことでしょうが、悲しくつらい時にこそ本当に自分が生きていく「力」が必要なのではないでしょうか。

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