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2013年12月18日 (水)

幸福の科学を考える 2(酒井雄哉大阿闍梨への論難を検証する)

幸福の科学出版の大川隆法著『酒井雄哉日本天台宗大阿闍梨に引導を渡す』を早速さらっと何分の一かを読んでみた。

先ず、酒井雄哉大阿闍梨のプロフィールが巻頭にあるが、ここから間違っている。「特攻隊員」とある。だが、酒井大阿闍梨様がNHK教育テレビ『こころの時代』に出演された時(2012年)も、ご自身の経歴について、「よく特攻隊員だったと言われるが、それは違う」と明確に否定された。私自身もご自身から直接、「特攻隊員ではなかった」と伺っている。

それなのに、幸福の科学の職員が酒井師を扮する大川氏にこんな「自爆テロ」を仕掛けてしまう(この職員は大川氏が本当に霊言をやっているのか試そうとしたのではないでのか)。

「特攻隊員だったのですよね」と職員が投げかけると、

「昔の話」と酒井師を演じる大川氏が答える。

先ほども言いましたが、酒井師は「よく特攻隊員だったと言われるが、それは違う」と、詳しい経緯も合わせて、ご自身は繰り返し特攻隊員であったことを否定しておられた。

それなのに、「俗説」を間に受けて、大川氏は「昔の話」と答えてしまった。初歩的なミスでありながら、本当の酒井師ならば否定する場面。ここは酒井師を知る方からすれば、決定的なミスと思うはず(そもそも「昔の話」としか答えられないはず。その当時の経緯は大川氏は知らないのだから)。

次に、この「霊言」本では、酒井大阿闍梨様が遷化(僧侶が亡くなること)されたが、迷っているので、幸福の科学総裁の大川隆法氏に救いを求めてきた。大川氏は以前から天台宗を批判していたので、批判するくらいならば、自分(酒井大阿闍梨様)を救うことができるのではないか、そこで幸福の科学の正邪を試したいと挑戦してきたという設定である。

確かに、以前の大川氏の著書でも以前から日本天台宗の宗祖・伝教大師最澄は地獄に堕ちていると書いている。

そこで天台宗を批判する点として、大川氏は本覚思想を持ち出している。「最初から仏ならば修行をする必要がないではないか」「本覚思想が仏教を堕落させた」と考えているようだ。

一方で、大川氏は例えば、『新・日本国憲法試案』(大川氏著)の中で、「新・日本国憲法試案」の前文では「われら日本国国民は、神仏の心を心とし、日本と地球すべての平和と発展・繁栄を目指し、神の子、仏の子としての本質を人間の尊厳の根拠と定め、ここに新・日本国憲法を制定する。」としている。

大川氏は「神の子、仏の子としての本質を人間の尊厳の根拠」としているではないか。

この考えをもって、本覚思想を批判するのはかなり難しいのではないか。

次に、酒井大阿闍梨様の「霊言」なるものを読んでいると、酒井大阿闍梨様があたかも傲慢で、無知である印象を持たざるを得ない。仏教について基礎的なことさえも知らない、それでいて、自分の修行歴や「大僧正」にまでなったことをひけらかし、他の人を下に置こうとする態度。

しかし、私も含めて酒井大阿闍梨様に実際にお会いした、お話を伺ったことのある人達からすれば、かなり違和感を覚える内容、口調だ。

また、直接、酒井大阿闍梨様に何度も直接お会いしないと分からないだろうが、お話にはいくつかのキーワードなるものがある。それが「霊言」なるものには入っていない。

私個人は酒井大阿闍梨様のざっくばらんで、大阪のお生まれらしい話し方は「霊言」なるものに近しさを正直一瞬感じた。しかし、他の大川氏の「霊言」本でも、大川氏は生まれ故郷の徳島県川島の方言で、粗雑な口調で話しているので、それとおそらく重なるように聞こえるだけなのだろう。

酒井大阿闍梨様は、千日回峯行を2度も満行された方で、その後も、修行を続けておられた。

だからといって、その修行歴を誇らしげにして、他の人達を従わせようだの敬わせようだのといった印象はない。過酷な修行歴でさえもこちらが拍子抜けするほどに面白おかしく語られるほどだ。また、私自身は一度も「大僧正」であることなど自慢されるのを聞いたことはない。むしろ、飄々とご自身を語り、失敗など負の自分もさらけ出されていた。

私自身、酒井大阿闍梨様に幾度もお会いさせていただき、数多くのご染筆も頂戴いたした。その私にとって、この大川氏の「霊言」本なるもので、酒井大阿闍梨様に直接お会いしたことがない方の酒井大阿闍梨様に対する印象や評価が曲解されるのは、とても悲しい思いである。そこで、酒井大阿闍梨様への論難に私などが反論するのは酒井大阿闍梨様やご信者に申し訳ないが、私なりに思うところをもって反論し、今後、幸福の科学についてもこのブログで時折考えていきたいと考えている。

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コメント

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