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2014年1月16日 (木)

幸福の科学を考える 10

1991年7月15日、東京ドームで初の大川隆法氏の「御生誕祭」が行なわれ、講演の中で、自らを「エル・カンターレ(El Cantare)」であり、自らが地上に降りて法を説く使命、全人類を救済し、新文明を建設する等の大乗の仏陀を宣言しました。

「エル・カンターレ(El Cantare)」とは、幸福の科学での信仰対象で、幸福の科学ではこの用語は「うるわしき光の国、地球」という意味があるとしています。

また、幸福の科学の教義ではエル・カンターレの本体部分が地上に下生したのが、大川隆法氏としていて、エル・カンターレを体現した「現成の仏陀(悟りたる者)」であるとして大川隆法を信仰対象にしています。 祈りの言葉では「主エル・カンターレ」という呼称が用いられます。

ちなみに、この1991年の「御生誕祭」は、新宗教の研究のために私も見学に行きました。

幸福の科学の当初は、何かを祀って礼拝するといった宗教団体ではなく、大川氏を中心とする霊やあの世などのこと(「神理」と言っていました)をテーマにした学習団体だったのです。

ところが、大川氏を「釈迦大如来」とし、大川氏の顔写真を祀って礼拝するようになり、単なる学習団体ではなくなりました。

いや、厳しい言い方をすれば、個人崇拝が進んでいき、それを補強するかのように、いくつもの「神話」をつくっていくのです。

しかし、大川氏を崇拝するようになっても、当初は仏教の言葉は混じっても仏教色はそれほど強くはなかったのです。

その後、幸福の科学の教義を補強するかのように、仏教語を用いて、教義を解説するようになり、「仏教団体」と位置づけようとしたと、当時の機関誌などを読んでいくと、その流れが分かってきます。

なぜ、仏教語を用いて、仏教色を強めようとしたのか。私は、幸福の科学の教義そのものに大きな弱点・欠陥があるからと思います。

それは、初期の幸福の科学の刊行物を読みますと、教義が体系化されていない、いや、幸福の科学を批判する方は幸福の科学の教義を「パッチワーク」と評されますが、さまざまな宗教や霊についての著書などから都合のよい、使いやすい部分を採用し、それらの言葉を並べていたからです。特に故・高橋信次氏が主催したGLAの教義を採用している部分が多く見られました。

これを考えるとき、「善川三朗」氏なる存在を抜きにしては理解できません。当初は、善川氏が大川氏と運命の出会いをして、その二人が協力しあうかたちで霊言集が出版されているという設定でした。

善川氏が大川氏に質問し、大川氏の口から霊が答える、という問答形式。それを霊のメッセージとして出版していました。

しかし実は、善川三朗氏とは他ならぬ大川隆法氏(元の名前:中川隆)の実父だったのです。つまりは互いに他人を装って、家内作業をしていただけなのです。

この父親こそ幸福の科学の初期の教義をつくっていたのです。この父親は新宗教や心霊学に詳しく、特に生長の家、キリスト教、GLAの教義に傾倒していたのです。

この父親が幸福の科学の初期の教義をつくり、実子の大川氏が霊言というかたちでパフォーマンスをして、それを出版して、幸福の科学という組織をつくり、東京杉並区の西荻窪に本部を置き、会員制をとりました。(当時、私は西荻窪の本部を確認しに行きました)

しかし、それだけではGLAの二番煎じ程度でしかなく、まして、当時はオウム真理教や創価学会を批判しつつも、仏教の知識に疎いので、会員はオウム真理教との論争には明らかに劣勢になりました。当時、オウム真理教からは『幸福の科学会員よ、聞きなさい』といった幸福の科学の教義の批判書が出版されました。

そうした中で、教義の再編が必要となり、幸福の科学の仏教化につながるのでしょう。そして、もう一つは大川氏の個人崇拝を正当化させる論理が欲しかったというのもあるでしょう。

当時の大川氏の著書を読むと、初歩的な仏教語さえ読み方、意味も間違っていることが結構あります。たとえば、八正道のうちの「正業」を「しょうぎょう」と読み(正しくは「しょうごう」)、意味は「正しい仕事」(正しくは「正しい行為」)と書いていました。幸福の科学の会員さんで最近入信した方は知らないでしょうが、結構、著書の中身もところどころ改訂されています。あるいは絶版。ちなみに今の改訂版を含めて著書は「正業」は正しい読みと意味にしています。その改訂版では「正業」について、「正しい行為」としながらも、「正しい仕事」も含むという自らの間違いを修正しつつ、当初の誤りを認めないで済ませようと正当化をはかっています。

あと、釈尊の霊言としながら、釈尊(ご自身)や両親らの名前を間違えています。それはサンスクリット語、パーリ語どちらにしてもありえない名前です。サンスクリット語の知識が少しあると分かるのですが、女性の名前なのに、名詞が女性形になっていない、そんな初歩的な間違いもしていました。(当時、私は少し読んで、全く仏教の知識がない人が適当に書いたんだな、と思ったくらいです)

そんな大川氏を「最誕の仏陀」「現成の仏陀」と位置づけて、大川氏の著書(言葉)を「経典」とし、幸福の科学の教義を「現在進行形の教え」としているのです。

つまりは、原始仏教経典や大乗仏教経典などを論拠とせずに、大川氏の言葉(著書)を経典だと主張し、それを論拠としてしまうのですから、仏教学的に証明するなどは出来るはずもありません。(それなのに、仏教学者・印度哲学者で著名な故・中村元博士の霊言だとして、中村先生の学績を間違いだとし、故人を貶めているのです)

私自身、幸福の科学の会員さんと話し合っても、会員さんは仏教の話をしているつもりでいますが、私からすると、まったく基本的(基礎的)な知識もなく、とても仏教(の一流派)とは思えないので互いに消化不良で終わっただけでした。

今では仏教団体を名乗り、仏教語を用いながらも、それをいわば大川氏の個人崇拝を正当化する論理にしようとしているだけではないでしょうか。

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