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2014年8月25日 (月)

『天理教開祖 中山みきの霊言』から大川隆法氏の矛盾を衝く その1

『天理教開祖 中山みきの霊言』なる本が幸福の科学出版から出された。

幸福の科学総裁の大川隆法氏による、天理教教祖中山みき氏と、天理教の祭神(崇拝対象)・天理王命の霊言なるものを収録した本である。

以前に、天照大神の生まれ変わりが大川咲也加氏(大川氏の長女)だと、天照大神の霊言として設定した。

そして、この本『天理教開祖 中山みきの霊言』を見ると、大川氏が天理王命の霊言をかたって、

天照大神⇒楊貴妃⇒恵信尼(親鸞の妻)⇒吉田松陰⇒中山みき⇒中川君子(中川隆=大川隆法氏の母)⇒大川咲也加氏

という順での生まれ変わり(転生)を言い出した。

ところが、これには霊言なるものを口にする大川氏への質問者である大川氏の妻・大川紫央氏と、大川咲也加氏の2人が疑問を呈した。

それは、吉田松陰と中山みき、この2人は生没の年は違っても、存命の時間が重なるからである。

吉田松陰は1830年―1859年、中山みきは1798年―1887年。この本の収録時は彼女らも気付かなかったようであるが、そもそも中山みきのほうが先に生まれているだから、吉田松陰の生まれ変わりであるはずがない。中山みき32歳(2人の生没年から単純に計算した)の時に吉田松陰は生まれ、2人は29年間(2人の生没年から単純に計算した)も同時期を生きている。まして、中山みきが61歳(2人の生没年から単純に計算した)のときに吉田松陰は亡くなっている。

「生まれ変わり」(転生)となれば、ある人物が死亡して、その霊魂が宿って、次の誰かに生れるとしているのに、その前提を完全に破ってしまった。

大川氏が天理王命の霊言をかたって、中山みきが吉田松陰の「生まれ変わり」だと言う。しかし、吉田松陰と中山みきとが同じ時間に存命していた。まして、先に書いたように明らかに歴史的事実と異なる。

おそらく紫央氏も咲也加氏も、この収録時には中山みきと吉田松陰とが存命時が重なることに気付いても、中山みきのほうが先に生まれたことまでは知らなかったのではないか。

吉田松陰と中山みきとが「転生」の関係にあるとするならば、この吉田松陰と中山みきとが同時に存命する事がありえるのか。「同時存在」(この本『天理教開祖 中山みきの霊言』で、このやりとりで紫央氏が遣った言葉)は有りうるのか。紫央氏と咲也加氏の2人の当然の疑問に、当の大川氏も焦ったようで、

紫央氏に「吉田松陰と中山みきのどっちが転生なんでしょうか?」と聞かれたのに対して、天理王命(大川隆法氏)は「どっちかに決めてくれ」と答えた。

もうありえない返答だ。

この部分のやり取りを読むと、大川隆法氏は、吉田松陰のほうが先に生まれたと勘違いし、吉田松陰は若くして亡くなったから、中山みきとは生きた時代が重ならないと思っていた(吉田松陰と中山みきとは存命の時期が重なることを知らなかった)ようだ。吉田松陰が若くして亡くなり、その後に、中山みきが生まれたと勘違いしていたのだろう。それで、吉田松陰が生まれ変わって中山みきになったと口走ったのではないか。

2人の追及に、天理王命(大川隆法氏)は、吉田松陰は若くして亡くなったから霊の尻尾が、などと言い訳めいたことを口にしている。でも言っていることは意味不明でしどろもどろになった。これも吉田松陰の生まれ変わりが中山みきだと言いたいとする証拠でもある。

やはり、この天理王命の霊言をかたる大川隆法氏は、当初は吉田松陰が亡くなった後に中山みきが誕生したと勘違いしていたようだ。しかし2人の追及は大川隆法氏自身にとっては予想外の展開になってしまったようだが、それでも吉田松陰のほうが先に生まれたと勘違いをしていたようだ。それで、吉田松陰は若くして亡くなったから霊の尻尾が、と発言してしまったのだろう。

そのやり取りの最後に、紫央氏に「吉田松陰は霊体が大きいから、同時存在は有りうるかも」とフォローされてしまう。

しかし、紫央氏の解釈も明らかに間違っている。先ほど書いたように、そもそも中山みきが吉田松陰より先に生まれているだから、中山みきが吉田松陰の生まれ変わりであるはずがない。「吉田松陰の霊体が大きい」からと理解しようとするが、それは百歩譲って吉田松陰のほうが早く誕生しての話で、ここでは解釈でなんとか繕える問題ではない。事実として、中山みきのほうが早く誕生しているのだから。

そもそも、この紫央氏の解釈はフォローどころか、教団の根幹的な問題をはらんでいる。勝手にその場で教義を解釈して、教義を変更することができるのかということだ。つまりは幸福の科学は教義に矛盾がおきると、こうやって思いつきのように解釈を変えて、辻褄を合わせてきたことを露呈してしまったということだ。

そして、

紫央氏が天理王命(大川隆法氏)に天照大神は「ほかに転生した過去があるのでしょうか?」と聞くと、天理王命(大川隆法氏)は 「うーん、“楊貴妃”だったかも?」と。すると、紫央氏に「“ヨウキ”しか合っていません」と突っ込まれてしまう。

ちなみに、ここでの「ヨウキ」とは天理教で目標とする人間のくらしを指す「陽気ぐらし」の「陽気」であろう。「陽気」と「楊貴妃」と「ヨウキ」つながりにしたかったのか。もう駄洒落だ。

その駄洒落のネタで付け加えるならば、中山みき氏の「転生」が中川君子氏だとした。これは、苗字の「中山」と「中川」、どちらも「中」が付いている。「みき」と「君(きみ)子」、「みき」と「きみ」。この類似から思いついた一つのきっかけがあったのではないか。

それから、中山みき氏の「過去世」が恵信尼(親鸞の妻)とも中山みき氏を騙って言った。

中山みき氏が浄土(仏教)信仰(浄土宗)に熱心だったからだろう。中山みき氏は浄土宗で行なわれる五重相伝も受けているほどで、浄土(仏教)信仰に熱心だったことが窺える。

「浄土信仰で有名な女性」という括りで大川隆法氏が見つけたのが、親鸞の妻・恵信尼であったのだろう。それで、中山みき氏の「過去世」が恵信尼と言ったと考えられる。

また、大川隆法氏の母・中川君子氏が中山みきの「転生」だとも、中山みきを騙って言った。

でも、普通に考えれば、大川氏自身、自分の身内が誰の「転生」かを知るのが今というのは不自然だ。大川氏に他人の「過去世」を知る術・能力があるとすれば、今更、自身の身内の「過去世」を知るはずがない。もっと早く知りたいことであり、知ろうとしているはずだ。

今回、大川隆法氏は母親や実子の「過去世」を、天理王命や中山みきの言葉として語ったが、これだって「確定」できない。なぜならば、先ほど書いたが、

紫央氏に「吉田松陰と中山みきのどっちが転生なんでしょうか?」と聞かれたのに対して、天理王命(大川隆法氏)は「どっちかに決めてくれ」と答えた。

あるいは、後に書くが、霊言が終わって、大川隆法氏は総括として「結局、よくわからなかったですね」と言ってしまう。

このような調子では、この先不都合が生じた時には、天理王命や中山みきが間違ったことを言っただのと、発言を覆すくらいのことは十分にある。事実、例えば前妻(大川恭子=きょう子氏)との離婚問題が起きると、これまでの神格化させた「過去世」を一変させて、イエスを裏切ったとされる「ユダ」が過去世だと変更したこともある(大川隆法氏はじめ幸福の科学側は、大川きょう子氏が勝手に自らを神格化させた過去世を名乗っていただけだと言い出した)。

つまりは、その時の都合や思いつきで「過去世」を設定し、不都合や矛盾が生じるとその設定を変えるということがあるということだ。

次に、天理教で用いられる「においがけ」という用語がある。布教・伝道を指す。

中山みきの霊言だとする大川氏は、「においがけ」の「におい」という語に反応して、それに関連付けて、前にいる質問者の長女にも「においがする」と言う。よく「あの人は犯人のにおいがする」といった遣い方をする用例で遣った。

しかし、それも大川氏の霊言なるもので遣われた「におい」という言葉は「雰囲気」というよりも、「嗅覚で感じるにおい」の意味であることが、この本では分かる。

だが、「においがけ」の「におい」とは「花の匂い」で、花の匂いが虫を誘引する様を布教・伝道にたとえたのだ(小澤浩氏著『中山みき』山川出版社 日本史リブレット人 65 を参照)。

となると、中山みき氏が生前に大川氏が中山みきの霊言なるものででた「におい」の用例を遣っていたのかである。

全く『中山みき』(小澤浩氏著)の解説と、大川氏の中山みきの霊言なるものとは異なる。

他にも、こんなことを天理王命(大川隆法氏)は言っている。

「天理王命は男で、教祖は女」と。

確かに、中山みき氏は女性である。しかし、天理王命が男性神といえるのか。

『天理教概説』(天理大学)には、天理王命は父性神・男性神とか母性神・女性神とかいった一方の性別に属する神ではないといったことが記されている。

また、『ようぼくハンドブック』(天理教道友社)には

「ちよとはなし」のお歌に、「このよのぢいとてんとをかたどりて ふうふをこしらへきたるでな」と示され、「おふでさき」に、
このよふのぢいと天とハぢつのをや それよりでけたにんけんである(第十号五十四)
とありますように、「くにとこたちのみこと」には、天、父親が、「をもたりのみこと」には、地、母親が対応しています。
このように、月と日、水と火、天と地、父性と母性といった二つ一つの働きの対をなしています。
とある。
これらから分かることは、大川隆法氏が、天理王命は男性神だと、天理王命の霊言を騙って言っているが、天理王命が男性神ではないということだ。それとも、この天理教の教理(解釈)を否定できるだけの論拠が大川氏にはあるのだろうか。天理教原典の『おふでさき』や『みかぐらうた』に大川氏は論拠を見出せるのだろうか(大川隆法氏ら幸福の科学の側は自分の言葉でなく、天理王命の言葉だと言い張るだろうが)。

それから、神名を天理王命として確立する過程についても、この本『天理教開祖 中山みきの霊言』に書かれてあるが、これも歴史的事実とは異なる。

確かに、私が所有する、最初に木版で刊行した『みかぐら歌』(木版刷り、天理教会本部版・明治21年11月1日刊)を見ると「てんりおうのみこと」(「こ」は変体仮名)とあるが、それ以前の資料を調べたら分かる。ちなみに明治21年には中山みきは存命していない。この『みかぐら歌』(木版、天理教会本部版・明治21年11月1日刊)では、著者には故人として中山美伎(みき)の名前がある。

しかし、大川隆法氏は天理王命の神名が確立するまでの経緯を知らないままに、自己流の解釈をしてしまった。

また、『みかぐらうた』にも見られるが、天理教では大工らが使う言葉が多く出てくる、その理由も大川隆法氏の自己流解釈をしている。

とはいっても、質問者からなぜ天理教では大工の用語が多く用いられるかの質問に、中山みき(大川氏)は曖昧な返答をしている。つまりは、この質問に中山みき氏であれば明確に答えられるはずである。それなのに曖昧な返答(返答にならない返答)をしたのは、大川氏がその理由を解っていないからだではないか。

曖昧な返答ながら、天理教が次々と建築をしていたから大工の用語が天理教で多く用いられているとしている。しかし、中山みき氏が生前、教団の建築物を次々と建てたのか、大川隆法氏はその事実をよく知らないようだ。中山みきを騙って、中山みきの没後に建築が続いたから大工の用語が用いられるようになったようなことを言っているが、先程の『みかぐらうた』などを読めば判る。中山みきの存命中には建築が続かなくても、大工の用語が用いられることを。

その後の天理教が隆盛して次々と大教会を建築したときの写真(この本『天理教開祖 中山みきの霊言』に明治30年代の大教会の建築風景の写真が掲載されている)を見て、大川氏は大工らの用語が多く入っている理由を想像し自己流の解釈をしたのではないか。

以上のことについて詳細の論拠を挙げるのは、また後のこととする。

大川隆法氏は霊言なるものの公開収録の前に調べたことを自己流に解釈してしまった感が否めない。

霊言が終わって、大川隆法氏は総括として「結局、よくわからなかったですね」と。

天理王命や中山みきの霊言なるものが意味不明であったと大川隆法氏は責任転嫁をした。そのようなことを言いながらも、「結局、よくわからなかったですね」で締め括ったものを出版までしている。

この大川隆法氏の言葉通り、この本から得るものは、大川隆法氏が宗教行為(霊言)と称して、意味不明な言葉遊びをしている。それを知るしかないと思う。

(お読みくださりありがとうございます。この記事の続きとして「『天理教開祖 中山みきの霊言』 その2」を掲載しました。そちらもよろしければお読みください。 また、このブログでは幸福の科学の問題や大川隆法氏の著作についての記事も掲載しています。よろしければ、カテゴリー「幸福の科学」で検索されて、そちらもお読みください。 あるいは、仏教や天理教などの宗教についての記事は、カテゴリー「宗教・生き方」から検索してください。)

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コメント

素晴らしい書評です。amazonのレビューにも転載して下さい。
天理教では他宗教の批判などは決してしません。一つの神を色々な形で信仰しているのだと認めています。
幸福の科学の事は知りませんが、勉強不足で安易に利用されるのはとても不愉快です。本は読んでいませんが、こちらの書評の中では質問者の母子の方がよく調べてくれていると感じました。

管理人です。「天理教信者」さま、コメントをくださりありがとうございました。

宗教批判の是非はともかく、大川隆法氏はこれまで様々な宗教者を「霊言」として取り上げてきました。
大川氏が宗教者を取り上げる理由は幾つかあるでしょう。
一つは自分と違う考えを持つ相手への攻撃し、それによって自らの正当性や優位性を出したいとするから。
二つ目に、相手の権威などを利用して信者を増やすため。
これらが理由でありましょう。
この大川氏の天理王命や中山みき氏の「霊言」と称する本は内容からして後者が目的でしょう。天理教の信者に、天理王命や中山みき氏の言葉だとして、幸福の科学に誘う方法でしょう。
その一つのあらわれが、2015年1月2日に行われた幸福の科学での大黒天発願供養式典で、幸福実現党党首の釈量子氏が「幸福の科学信者の娘が、ガンを患う天理教信者の母親に、これが天理王命や中山みき氏の言葉だと、大川氏の霊言本を勧め、母親は素直に受けた。それで母親は幸福実現党に投票したらガンが消えた」といったことを発表しています。
つまりは他宗教の信者への勧誘方法にも使われているということです。
これまでも天理教以外にもGLAなどを対象にして似たことをしています。

他宗教の批判を出版するなど公にするならば、資料に基づき、個人への誹謗中傷はせず、自らの言葉として発表すべきです。
一方、大川氏は、他人の「霊言」として、個人への誹謗中傷まで言います。これを批判すると、「霊言」という神聖な宗教行為を否定するのは信教の自由の侵害だと反論します。
これでは誤った情報を流され批判された側は宗教行為の名の下で泣き寝入りしなくてはならないのかとなります。
宗教行為を名目にすれば何事も許されるのかと、それは幸福の科学だけでなく、宗教全般の倫理観が問われる結果を招きます。

そのような問題がはらんでいると思います。

できましたら、いただきましたコメントと私からのこの返信をこのブログで一つの記事として紹介させてください。

再度、コメントをくださいましたこと感謝します。

管理人さん、こんばんわ。
初めてコメントします。
『ブログ・サンポール』をやっとるエル・バカターレです。

今回は勝手に記事を紹介した上、連絡もしなくてすみませんでした。
それなのに当方のブログにコメントまで頂いて恐縮です。
私は幸福の科学の洗脳は解けたのですが、
妻がまだ信者ですので信者籍を残したまま「告発者」をやっています。
要するにスパイ活動をやっていますので、よそのブログにコメントするのを避けています。
そんな事情を察していただければ幸いです。

今回たまたま「大川隆法 中山みき」で検索をかけたら、こちらの記事がヒットしたんです。
かなり精読されてますし、論旨も明快で鋭い!
私も自分の記事を書くためにウンウン唸っていましたので、
興奮してついそのまま紹介してしまいました。
非礼をお詫び申し上げます。

実は『プンダリーカの部屋』さんのほかの記事はまだ読んでいないんです。
それでも幸福の科学関連の記事がかなりあるんですね?
遅まきながらこれから他の記事も読ませていただきます。
今回はホンマにありがとうございました。

                バカターレ 拝


P.S.

  >紫央氏が天理王命(大川隆法氏)に
  >天照大神は「ほかに転生した過去があるのでしょうか?」と聞くと、
  >天理王命(大川隆法氏)は 「うーん、“楊貴妃”だったかも?」と。
  >すると、紫央氏に「“ヨウキ”しか合っていません」と突っ込まれてしまう。

これなんか完全に駄洒落ですね?
日本語だと「楊貴妃(ようきひ)」でどこで切るかわかりませんが、
正しくは「楊(ヤン) 貴妃」となります。
「貴妃」は皇帝の側室に与えられる官位で、
貴妃(一等側室)、淑妃(二等側室)、徳妃(三等側室)、賢妃(四等側室)みたいな意味です。
天理教の「陽気ぐらし」の駄洒落のつもりで「楊貴妃(ようきひ)」と言ったのでしょうが、
「楊貴妃(ようきひ)」を「楊貴(ようき) / 妃(ひ)」と分解しては意味が通じません。
「大川隆法(おおかわりゅうほう)」を、
「大変り・UFO(おおかわり・ゆうほう)」と呼ぶようなもので、
単なる駄洒落に過ぎません。

『ブログ サンポール』ブログ主さま
早速のご返信コメントをくださりありがとうございました。貴ブログ主さまのご事情はお察し申し上げます。ますますのご活躍をお祈り申し上げます。
また、追伸は参考になりました。ありがとうございました。

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