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2014年11月21日 (金)

テッペン!『林先生の痛快!生きざま大辞典』に酒井雄哉大阿闍梨が その2

TBS系テレビ番組の「テッペン!『林先生の痛快!生きざま大辞典』」に酒井雄哉大阿闍梨が取り上げられました。

下記のURLをクリックされますと、当日の番組が御覧になれます(動画をアップしてくださった方ありがとうございます)。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=q1TPbFnuq_U

この記事では、その番組を再現したいと思います。

番組は、①酒井雄哉大阿闍梨が満行された「千日回峯行」について、②僧侶になるまでの遍歴、③僧侶になり、過酷な「千日回峯行」を経ての境地、という三つの構成でした。

①「千日回峯行」について

「千日回峯行」は京都・滋賀にまたがる比叡山で決められた行程を廻り、その行程にある260ヶ所で礼拝をする修行である。

それは7年間にかけての修行で、1年目は1日30kmの行程を100日間、2年目はの1日30kmの行程を100日間、3年目は1日30kmの行程を100日間、4年目は1日30kmの行程を200日間、5年目は1日30kmの行程を200日間、6年目は1日60kmの行程を100日間、7年目は1日84kmの行程を100日間と、1日30kmの行程を100日間を修行される。

その5年目に9日間の堂入りがあり、1日1回のお供えのお水を汲みに外に出る以外はお堂に篭もる。その9日間は、一切、飲まず、食わず、寝ず、横にならずに決められたお経をとなえる。

もし、「千日回峯行」の途中で修行を辞めたいとなったときは、短刀で自害するか、紐で首を吊って自害しなくてはならない。装束も白装束、つまり死に装束で修行することから死を覚悟しての修行となる。始めたら後戻りができないと。

②僧侶になるまで

転々といろいろな職業に就いたことを紹介。

「図書館職員」⇒「職場放棄」(要領を得て順調にいっていたが、仕事がイヤになり仕事を辞め、仕事に行くふりをして、他のところで時間をつぶしていたこともあったと。)

「ラーメン屋」⇒「火事」(火事になって廃業)

「株屋の代理店」⇒「大暴落」(大暴落で1億円の借金を背負ったと言っていました。)

「そば屋」⇒「いじめ」(同僚の若い女性にそばの袋をかぶせて、粉だらけにしたことも。内容を聞いて、いじめというよりもいたずらの類だと思いますが、後の酒井師ご自身は、若気の至りとはいえ、何でそんなことをしたのだろうとの振り返ったそうです。)

「菓子屋」⇒「ピンハネ」(セールスマンだったが、受け取った代金をピンハネしたことも。)

と何をしても失敗し、いや挫折とはいえない本人の責任ともいえるものもあったことが指摘されました。

ゲストからは、「あれだけの修行を達成した方とこの頃とは落差が大きい」といったコメントが。

また、ほかのゲストからは「このような経歴だったからといって、どうしてあれだけの修行をすることになったのかが、どうもわからない」と。

それを受けて林先生が「その後、大きく絶望することが起きたのです」と。

それが

「妻の死」

新婚まもなく奥さんが大阪の実家に帰ってしまい、友人に相談したところ、奥さんの所に行ったほうがいいと言われ、大阪に向かったが、新婚2ヵ月目で奥さんは自ら命を絶たれました。

「なぜ奥さんは自ら命を絶ったのでしょうか?」の質問に

「もしかしたらこんな調子(これまでの生き方)だったから奥さんが愛想を尽かしたのかも」と林先生は想像します。

酒井師はあまりのショックに抜け殻のような状態が続いたそうです。

それを見て、奥さんの母親の勧めで比叡山に向かったといいます。

ゲストからは、奥さんの母親の心境について「酒井さんに娘の親として悪いイメージはなかったのか」というコメントも。

林先生は「母親と娘というのは結びつきが強いもので…」と。

③僧侶になり、過酷な「千日回峯行」を経ての境地

そして、39歳にして僧侶に。

その時の酒井師の心境は

生き残らされた

この言葉です。「生き残った」ではなく「生き残らされた」と。

酒井師は、自分は生き残されて、何か自分には使命があるのではないか、と思い至ったそうです。

「でも修行している間は悩む暇もないですよね」というゲストからのコメントに対して、林先生は「逆に悩む暇しかないということです」と。 するとゲストは「それはイヤですね」と。林先生は「だから修行はつらいんです」と。

そして、「千日回峯行」に挑み、達成して、

酒井師に修行を達成した心境を

千日回峯行はラーメン屋と同じようなもの

と言ったそうです。

そして、

人間のやることに偉いも偉くないもない。仏さんから見れば全ては平等なんだ

酒井師は僧侶になる前にラーメン屋の経験もあります。それになぞらえてラーメン屋が仕込みをしたりするように、それぞれの持ち場でそれぞれのことを一生懸命こなしているようなものだと言うのです。

「これは経験がなければ出ない言葉ですね」と林先生。

そして、

誰でも、それぞれの持ち場が必ずあるものだ

という酒井師の言葉を紹介。

ゲストが一同に、そういった言葉に感心すると、

「ITで儲けて外車に乗っているような社長が「誰でも、それぞれの持ち場が必ずあるものだよ」なんて言ってもむかつくだけで、その言葉を聞いても感動しませんね。ということは、何を言うかも大事ですが、同じ言葉でも誰が言うかが大事ではないでしょうか」と林先生。

そして、

酒井師の言葉には

千日回峯行で得たものは何もない。ただそのおかげで今がある

それを受けて、林先生は般若心経にある「色即是空 空即是色」という言葉から「千日回峯行で得たものは何もない」の「ない」の意味を読み解こうとしていました。

 

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