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2014年11月26日 (水)

幸福の科学大学開学不認可についての記事でコメントをいただきました

幸福の科学大学開学不認可についての2つの記事でコメントを5ついただきました。

ありがとうございました。

いただいたコメントは、幸福の科学系月刊誌『ザ・リバティ』Webの記事の転載です。

下記の太字の部分がいただきましたコメント5つです。

投稿者さまの個人情報が流出するとか、投稿者さまが不利益を被るといったことがないと考え、いただいたコメントをそのまま転載させていただきます。

中丸ひろむ・衆議院議員の話
霊言が否定されるなら、神の言葉や奇跡について教えるキリスト教系、仏教系の大学は
よいのでしょうか。明確な基準が示せないのであれば、比較的新しい宗教である天理教
や創価学会が大学を建てていることとも整合性が取れません。
この件については、同じく問題意識を持っている上野議員と共に、大学設置室長の新木聡氏を呼んで話を聞きましたが、納得できるものではありませんでした。
また、「妨害行為」についてですが、霊言本を収録して関係者に送ることが妨害になるとは思えません。それを妨害だというなら、文科省にはどのように審査に影響があったのかを明らかにする責任があります。今回の幸福の科学大学側の行為は、通常の言論・出版活動の範囲内ではないでしょうか。

 

(1) 審査手続きの重大な瑕疵
 当大学が、「幸福の科学」の宗教思想に基づく大学であることは当初から一貫して明らかにし、その審査プロセスで「『霊言』を含む幸福の科学の宗教思想に基づく大学は認められない」との是正意見は一切なかったにもかかわらず、最終的な答申段階で突如として、これを理由に「不可」の理由としたのは、文科省「大学設置分科会審査運営内規」に違反するだけでなく、大学設置審査制度の根幹を揺るがす、審査手続きの重大な瑕疵である。

(2) 審議会の機能に反する恣意的答申の不当性
 当大学3学部の教育課程は、それぞれ人文学(哲学、宗教学)、経営学、工学(機械工学、電気・電子工学)の既存のディシプリンに立脚し、学士課程として十分なものであることは申請手続のプロセスで明らかにされたにもかかわらず、教育課程の具体的な問題点を一切示すことなく“霊言が根底にある教育課程”なる事実誤認によって答申がなされたのは、審議会の「専門的見地から教育課程等を詳細に検討する」機能に基づかない、恣意的な答申である。

(3) 教育課程の事実誤認
 設置を予定している当大学3学部の教育課程は、それぞれ人文学(哲学、宗教学)、経営学、工学(機械工学、電気・電子工学)の既存のディシプリンに立脚することを明示していたにもかかわらず、答申は、1科目の参考テキストの一部記述のみを取りあげて、当大学の教育課程の全体が「霊言」に基づいているとしているのは事実誤認である。

(4)「霊言」の事実誤認
 答申は、霊言につき「大川隆法氏のみが行うことができる」と認定するとともに、「幸福の科学」のみの現象であるかのように認定しているが、事実誤認である。「幸福の科学」において霊言を行うことができるのは大川総裁に限らず10名ほど存在するし、「霊言」(啓示)現象は古今東西広く宗教及び精神世界に見られるものである。

(5) 新聞広告の社会的機能の事実誤認
 答申は、新聞広告に社会的信用の有無を判定する機能はない旨、断定的に認定しているが、新聞広告の掲載に際した新聞各社の厳格な広告考査の実態とその機能につき、明白に事実誤認している。

(1) 審査手続きの重大な瑕疵
 当大学が、「幸福の科学」の宗教思想に基づく大学であることは当初から一貫して明らかにし、その審査プロセスで「『霊言』を含む幸福の科学の宗教思想に基づく大学は認められない」との是正意見は一切なかったにもかかわらず、最終的な答申段階で突如として、これを理由に「不可」の理由としたのは、文科省「大学設置分科会審査運営内規」に違反するだけでなく、大学設置審査制度の根幹を揺るがす、審査手続きの重大な瑕疵である。

(2) 審議会の機能に反する恣意的答申の不当性
 当大学3学部の教育課程は、それぞれ人文学(哲学、宗教学)、経営学、工学(機械工学、電気・電子工学)の既存のディシプリンに立脚し、学士課程として十分なものであることは申請手続のプロセスで明らかにされたにもかかわらず、教育課程の具体的な問題点を一切示すことなく“霊言が根底にある教育課程”なる事実誤認によって答申がなされたのは、審議会の「専門的見地から教育課程等を詳細に検討する」機能に基づかない、恣意的な答申である。

(3) 教育課程の事実誤認
 設置を予定している当大学3学部の教育課程は、それぞれ人文学(哲学、宗教学)、経営学、工学(機械工学、電気・電子工学)の既存のディシプリンに立脚することを明示していたにもかかわらず、答申は、1科目の参考テキストの一部記述のみを取りあげて、当大学の教育課程の全体が「霊言」に基づいているとしているのは事実誤認である。

(4)「霊言」の事実誤認
 答申は、霊言につき「大川隆法氏のみが行うことができる」と認定するとともに、「幸福の科学」のみの現象であるかのように認定しているが、事実誤認である。「幸福の科学」において霊言を行うことができるのは大川総裁に限らず10名ほど存在するし、「霊言」(啓示)現象は古今東西広く宗教及び精神世界に見られるものである。

(5) 新聞広告の社会的機能の事実誤認
 答申は、新聞広告に社会的信用の有無を判定する機能はない旨、断定的に認定しているが、新聞広告の掲載に際した新聞各社の厳格な広告考査の実態とその機能につき、明白に事実誤認している。

② しかるに、文科省の「大学設置分科会審査運営内規」第3条3には、「審査の過程においては、原則として、新たな意見を付し、又はより強い意見に変更することを行わない。」と規定されている。答申は、この文科省自身の内規に明確に違反している。
 また、大学設置分科会からの意見伝達(大学新設の場合は通常2回行なわれる)と、申請者との修正・対応を通して設置認可を行う運用がなされている現行の大学設置審査制度の趣旨の根幹を揺るがす手続き違反である。

③ そもそも、「幸福の科学」が大量の「霊言に基づく書籍」(「霊言集」)を発刊し、それが立宗の基盤となっていることは公知の事実である。例えば、井上順孝・孝本貢・対馬路人・中牧弘允・西山茂編『新宗教事典』(弘文堂、平成2年3月)には、まだ立宗後3年程度の時点の「幸福の科学」の活動の特徴として、以下のように指摘している。

 大川隆法(1956─)が、東京に「幸福の科学」をつくって、大川自身が高級霊界から得たとされる霊言をまとめた『霊言集』を出すなど、活発な出版活動を展開している。(p.90)

 これ以外にも、沼田健哉(「幸福の科学の研究」〔『桃山学院大学社会学論集』24(2)、 pp.81~112、1990)、島薗進(『ポストモダンの新宗教』〔東京堂出版、2001〕pp.204~216、pp.229~240)、塚田穂高(「変貌する「幸福の科学」の今昔」〔『世界』〈岩波書店〉795号、2009、pp.129~138〕)等の学識者による論文・著作にも、幸福の科学の特徴的活動としての「霊言」が指摘されている。
 特に沼田(1990)では、「大川の著書の過半数は、霊界の高級霊との交流による「霊言集」や「霊示集」であるのが特色である」(p.81)、「大川は、……脱魂(魂の旅行)と憑霊(霊の憑依)の双方を兼備し、そのうえ審神者(さにわ)でもある霊能者として位置づけられる」(p.110)と、「幸福の科学」の「霊言現象」が分析されている。
 海外の宗教研究者によっても、「幸福の科学」の「霊言」活動は、学術的成果として広く国際的にも知られている。例えば、幸福の科学の活動を宗教学の側面から研究したドイツ語文献としてFranz Winter, Hermes und Buddha: Die neureligiöse Bewegung Kōfuku no Kagaku in Japan, Wien and Berlin: LIT Verlag, 2012. があるが、本書では、「霊言」について、“Geistgesprächen”(S.45.)あるいは “Geistworte” “spirituelle Aussagen” “spirituelle Mitteilungen”(S.47.) として記述されている。

④ したがって、大学設置分科会の委員全員が、当大学の再補正申請にて、上記事実を初めて知ったとは到底考えられず、いずれにしても、手続きとして重大な瑕疵があるものである。

(2) 審議会の機能に反する恣意的答申の不当性
 当大学人間幸福学部人間幸福学科〔学士(人文学)〕の学位授与基準は、独立行政法人大学評価・学位授与機構が示す「学士(文学)」(専攻分野は「哲学」又は「宗教学」)の基準を満たしている。
 同様に、未来産業学部産業技術学科〔学士(工学)〕における履修モデル(3種)は、同機構が示す「学士(工学)」(専攻分野は「機械工学」又は「電気電子工学」)の基準を満たしている。
 また、経営成功学部経営成功学科の教育課程については、大学設置分科会からの「審査意見(8月)」において、「本学部の教育内容があくまでも経営学のディシプリンに立脚するものであることを補正申請書において確認した」との同分科会の認識を確認している。
 つまり、大学が保有する本質的な機能が「学位授与権」にあるとすると(中央教育審議会2008年12月答申「学士課程教育の構築に向けて」「用語解説」における「学位」の項を参照のこと)、これら3学部の教育課程が既存のディシプリンにおいて、学位授与の基準を十分に満たしていることは明らかなところである。
 そして、今回の答申に際して、3学部の具体的な教育課程における是正意見は一切残っていなかったことを、文部科学省高等教育局大学設置室にも当学園は確認している。
 にもかかわらず、答申は、「霊言が根底にある教育課程」なる事実誤認の理由一点のみで、すべての学部をふくむ大学設置のすべてを「不可」とした。
 これは、審議会の本来の機能である、「専門的見地から教育課程等を詳細に検討する」という趣旨に基づいたものとは到底考えられない、極めて恣意的なものと言わざるを得ず、許されるものではない。

(以上、転載了)

『ザ・リバティ』Webだったと思いますが、いただいた転載の記事を私も読みました。

幸福の科学アンチの方々は幸福の科学大学開学不認可ということ自体に喜んでいるかも知れませんが、私は大学設置審議会からの答申や、幸福の科学側からのコメントや異議申立を読んで疑問に思うところがあります。

それは、幸福の科学側の主張が事実であるならばの前提ですが、大川隆法氏の発する霊言なるものを授業で扱うのは、大学教育に相応しくないからと大学設置は不可と大学設置審議会は答申を出したのですが、答申に至るまで、幸福の科学学園側に霊言を授業で扱うことに是正、修正を一度も求めずに、不可の答申が出たことになります。

幸福の科学側の主張通りならば、なぜ事前に「霊言を授業に用いてはならない」と是正、修正を求めなかったのかが不可解です。

私たち部外者が知るには、学長は学識経験者でなくてはならないなどと是正を求められたことは知っていますが、霊言を授業に導入することに是正を求められたことは知りません。

そもそも大学設置審議会は開学申請をしている側に是正、修正を求めない点を理由に不可を出すものなのでしょうか。ここは私がわからない点です。

私が考える答申で「不可」になる理由として、

①是正、修正を求められたのに、それに応じないか、対応が不十分であったから。

②是正、修正を求められて、定められた期限までに是正、修正ができなかったから。

③審議に関わる重大な事実を審議会に報告していなかったことが発覚したから。

④審議に関わる虚偽の事実を審議会に報告していたことが発覚したから。

⑤適正な審議を妨げるような不適切な言動があったから。

⑥大学の経営母体、経営者が明らかに反社会性がある、あるいは公序良俗に反しているから。

⑦大学の開学の目的が明らかに反社会性がある、あるいは公序良俗に反しているから。

といったことが考えられます。

数十冊の大川氏の著書を審議委員に送りつけたことや、担当官に脅しとも受け取れるような発言があったことは、上記の⑤としても、それは最長5年間の申請の不受理というペナルティーの理由であって、「霊言」なるものを授業に導入することは上記のうちどれに当てはまるのかなのです(幸福の科学側は、数十冊の大川氏の著書を審議委員に送りつけたことは不適切な行為でないとしており、担当官に脅しとも受け取れるような発言があったことは、その事実を否定しています)。

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