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2014年11月 9日 (日)

大川隆法著『大学設置審議会 インサイド・レポート』を少しいじる その2

幸福の科学大学を開学しようと躍起になってきたのに、大学設置審議会の答申は幸福の科学大学の設置は「不可」、それを受けて下村博文・文部科学大臣は「不認可」の決定を出した。

2014年10月29日に審議会が「不可」の答申を出すと、翌日(30日)には早速、大川隆法氏は「霊言」の発表を行い、その翌日(31日)にはそれを出版して書店の店頭にも並んだ。

それから立て続きで、大川氏の「反撃」は続いている。

その第1弾『大学設置審議会 インサイド・レポート』を出版。それを受けて、幸福の科学出版の月刊誌『ザ・リバティ』がWebで「追撃」した。

以下の太字の部分は『ザ・リバティ』からの転載。(太字の部分で文字を大きくした部分は、「霊言」の部分)

2015年開学を目指して設置認可を申請していた「幸福の科学大学」は、文部科学省の管轄する大学設置・学校法人審議会から開学を「不可」と判断された。同大学はこれまで、審議会から出された「是正意見」に対応してきたが、結論として出された不可の理由は、大川総裁が行っている「霊言」に対して、「霊言が根底にある教育課程は大学教育において認められない」という趣旨のものだった。だが、霊やあの世の存在を否定すれば、既存の宗教系大学は軒並みその正当性を失ってしまう。大川総裁は、不可の答申を出した審議会の責任者である桜美林大学総長・佐藤東洋士氏の守護霊を招霊し、その真相に迫った。

   「霊言は科学的に立証されていない」は言いがかり

 審議会はこれまで、幸福の科学大学に対して、「カリキュラムだけではなく、創立者の考えについて知りたい」「基本教学を教えるというが、その内容が分からない」などの意見を出してきた。それに対して、大川総裁自らが8月中旬以降、『幸福の科学大学創立者の精神を学ぶ1・2(概論)』『「幸福の科学教学」を学問的に分析する』など、数多くの「大学シリーズ」の書籍を刊行する形で答えてきた。

 しかし、審議会が不可と判断した根拠は、「霊言については、科学的合理性が立証できていない」というものであり、まるで幸福の科学教学がすべて大川総裁の霊言に拠って立つかのような理解に基づいていた。

 幸福の科学大学が申請した授業計画は、既存の学問体系に則った内容で構成されており、霊言を一部参考にした授業は、例えば人間幸福学部の卒業124単位中4単位とごく一部。霊言を根拠に全体を否定するのは、かなり乱暴な判断といえる。

 そもそも、既存の宗教系大学では、イエス・キリストの様々な奇跡や復活、三位一体説など、科学的に証明できていない霊的存在が前提となっている。仏教系大学においても、神々や悪魔との対話、「施論・戒論・生天論」など、あの世の世界が数多く研究対象となっている。決して、霊や奇跡が科学的に立証されたから開学の認可が出たわけではない。国公立とは違って、自由な教育が行える私立大学の特色として、霊的世界を前提とした学問は当然認められるべき内容といえる。

 審議会の責任者である佐藤東洋士氏が総長を務める桜美林大学は、キリスト教精神に基づいた教育を行うミッション系大学だ。佐藤氏は2003年から同大学の理事長も務めている。また、2011年には、第6回孔子学院会議において孔子学院優秀個人賞1位を受賞し、その様子は中国中央テレビでも報道された人物でもある。

 宗教教育に理解があると思われる佐藤氏だが、その本心である守護霊は、幸福の科学大学で教える学問をどう判断しているのだろうか。

今回の判断は、大臣の私怨に左右されたものだった

 招霊された佐藤氏守護霊は「引っ張り出されるとよくないんです。隠れてられるから、審議会は成り立つ」と述べ、判断責任が誰にあるのか分からなくするのが審議会の趣旨なのだと堂々と切り出した。

 審議会の答申にあった「霊言は科学的合理性が立証されていない」とする「科学的合理性」とは何を指すのかという質問に対しては、「私はそんなに科学的合理性にこだわるつもりはない(中略)。キリスト教だって困るからね」「科学で宗教を基本的に証明なんかできるわけがない。科学の歴史は100年くらいですが、宗教は2000年、3000年、それ以上ありますから」と語り、今回の「不可」は事実上、言いがかりであることを認めた。

 そして、カリキュラムの具体的な内容に踏み込まず、「霊言」にクローズアップして不可の理由を作ったことについては、マスコミが理解しやすくするためだと説明した。

「霊言」を科学的合理性で否定するのは間違いであることを知りながら、なぜ今回、こうした結論を出すに至ったのか。

 佐藤氏守護霊は、「許認可権を持つ某大臣が、数か月前に自分の守護霊霊言を出されたことについて復讐心を持っていることが大きい」と明かし、審議会はあくまで“雇われマダム"であり、文科相の意向が大きく働いた判断だったと語った。

 確かに、下村博文・文科相の守護霊霊言は、これまでに2冊発刊されている。下村大臣は幸福の科学大学の設置認可について、政治的立場や他の宗教団体との関係で板挟み状態になって煩悶し、本人の守護霊が大川総裁を通じてメッセージを伝えてきたことがあった。

 下村大臣は、その霊言の発刊に対する私怨から、審議会に不可の答申を出すよう求めたのだという。

 一部報道では、今回の申請に際して、幸福の科学大学側に不適切な行為があったため、今後最長5年間は申請ができなくなる可能性があると報じられている。この不適切な行為は、下村大臣の守護霊霊言が発刊されたことを指すようだが、これは審議結果に大臣が恣意的に介入したことに加えて、「言論の自由」を認めない行為といえる。

 しかも、答申は本来、審議会が出すものであり、その内容に関して大臣は直接の責任が問われないことになっている。だが実際には、その中身は多分に大臣の意向に沿ったものであることがこの霊言では判明した。本誌でも指摘してきたように、文部科学省の役人と審議会、大臣の間には、責任の所在が明らかでない仕組みが出来上がっていることは大きな問題だ。

 佐藤氏の守護霊は、こうした責任を不透明にする審議会システムについて、様々にその内情を語った。

窮地に立つ安倍首相の意向も働いていた

 審議会の答申に、ここまで露骨に大臣の考えが反映されるならば、現在の政治状況も無関係ではないだろう。

 文部科学省は今、公立小学校の35人学級を40人学級に見直すことで教員数を削減する案を、財務省から提示されている。10%への消費増税を実現したい安倍政権として、各省庁が予算削減に励んでいるところを国民に示す意図があると見られる。

 また、安倍改造内閣は発足直後から、小渕優子前経済産業相と松島みどり前法相が立て続けに辞任に追い込まれ、宮沢洋一経済産業相や望月義夫環境相なども政治資金問題でマスコミや野党から追及を受けている。谷垣禎一幹事長は年内解散の可能性に言及するなど、安倍内閣は急転直下で窮地に追い込まれている。

 佐藤氏の守護霊は、こうした政治背景と幸福の科学大学の審議にどのような関連性があったのかを詳述。そして、今回の幸福の科学大学に対する答申は、マスコミからの攻勢をいかに振り払うかを念頭に置いた「政治判断」であったことを率直に認めた。さらに、その判断には安倍晋三首相の考えが影響していることにも言及した。

 また、孔子学院優秀個人賞1位を受賞していることから、佐藤氏と中国政府との関係はかなり密接であることが伺える。佐藤氏の守護霊は、中国政府とのパイプ役の一人であることを認めつつ、中国政府が幸福の科学をどう見ているかや、安倍政権の対中国の外交方針などについても様々に語った。そして、安倍首相の人物を、周囲の人間はどのように判定しているかについて忌憚のない意見を述べた。

 佐藤氏の守護霊は、幸福の科学大学の申請内容について、財務面もカリキュラム面も大学運営に耐えるものであったと認めた上で、「大学行政の長にある人が、純粋な教育者ではなかったということでしょうね」と述べ、教育者ではなく政治家としての判断が強く働いた結果だと繰り返した。

 そして、幸福の科学大学に対する「不可」の答申内容について、「信教の自由、報道・出版の自由に踏み込んでいると思います」と語り、憲法の精神を侵害する判断であることを認めた。

 そもそも私立大学は国公立大学とは違って、その認可は内容ではなく形式のみで判断するべきものだ。政府が定める教育だけではなく、国民が求める教育を提供するために私立大学は存在する。

 今回のように、学問の内容にまで可否の判断を加えてきたことは、日本の教育行政が一元管理されており、信仰者にとっての「学問の自由」が守られていないことを実証したことになる。ましてや、世界の宗教に普遍的に存在する霊言現象について、科学的か否かという基準で判別し、学問として認めなかったことは教育行政の重大な過ちである。

 日本は民主主義国家である以上、国民が主体であり、公務員は国民の公僕である。その国民の声を政治判断で押さえ込んだことは看過できない。このままでは、日本が信仰者を弾圧する無神論の野蛮な国家と変わらないことになってしまう。

(以上、転載了)

「霊言」なるもので何を言いたいのか。

今回の「不可」「不認可」の決定は幸福の科学(大学)側に非があるのではなく、下村・文科大臣の私怨であり、安倍政権の失態・失策に対する批判のガス抜き、スケープ・ゴートにされたと言いたいのだ。

そして、佐藤東洋士氏が孔子学院優秀個人賞1位を受賞したことから、中国政府とのつながりがあるとして、あたかも大学設置を「不可」にした裏に政治的陰謀があったかのような印象をもたせている。

これでこれからの大川氏(幸福の科学)の方向性は見えてきた。

「信教の自由、報道・出版の自由に踏み込んでいると思います」

の「霊言」にあるように、信教の自由や、報道・出版の自由を旗頭に政府・自民党を批判するのだろう。

ただ、大川氏や幸福の科学会員は、幸福の科学の教団規模や、社会的認知度、社会的影響力を過大評価していると思う。2010年の『文藝春秋』では大川氏は、幸福の科学の信者(会員)は1100万人いるとした。

確かに、それだけの信者(会員)がいる団体であれば、当然、社会的認知度や社会的影響力も大きいし、一方で外部からの反発もあるだろう。

しかし、幸福の科学が母体の幸福実現党の総選挙の比例区の獲得投票数からして、大川氏の言う1100万人からは程遠いのが実際の会員数であろう。

実際に、幸福実現党には国会議員はいない(国会議員の大江氏が一時的に入党したことはあった。ちなみに幸福実現党公認の地方議員は現在1名いる)。

これからしても、自民党政権が幸福の科学大学を政権への不満のはけ口に使うほどの「価値」や「効力」があるのだろうか。

そもそも、何故「幸福の科学大学」を自民党がスケープ・ゴートにするのかがわからない。

スケープ・ゴートにするとしたら、世間から嫌われる存在でないとスケープ・ゴートの役が立たないと考えるのが妥当だろう。

幸福の科学は世間から嫌われている。だから、幸福の科学が大学をつくろうとしたら不認可にして、自民党の安倍政権の失策から目をそらせるための、世間の不満のはけ口にされた、ということか。

そうだとしたら、それほどに「幸福の科学」は世間から嫌われていると自分で認めるつもりか。

(つづく)

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