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2014年12月 2日 (火)

幸福の科学の霊言なるものの矛盾、問題点

幸福の科学系『ザ・リバティ』Webに「安倍首相守護霊は幸福の科学大学不認可をどう考えるか「安倍総理守護霊の弁明」(2014年11月10日収録)」と題する記事があります。

その記事の後半に

守護霊は地上の本人の本音を語るものであるが、政治家などの守護霊の中には一部、地上の本人の利益のために聴聞者を煙に巻いたり、嘘を言って騙してきたケースもある。

とあります。

それならば、総裁の大川氏がある人物の守護霊を招来して、「霊言」なるものを語る価値は何なのでしょうか。

その「霊言」なるものを収録して、幸福の科学の施設でビデオ上映して、信者からは拝聴御礼として5000円を集め、それを出版し販売しています。

その本を幸福の科学では「経典」と呼んでいます。

それなのに「経典」の中身にウソがあっていいのでしょうか。

それも、ある人物の守護霊の個性とかいって、そのまま「経典」として通じるのでしょうか。

守護霊の言葉にウソがあるならば、それを「経典」にするときに、総裁の大川氏が「霊言」のここにウソがあると指摘し、信者らが迷わないように指導するのが、総裁である大川氏の役割であり、責任であるはずです。

ウソをそのまま垂れ流しにすることの何処が、宗教に求められる信者への教化・善導でしょうか。

ウソをそのまま垂れ流しにすれば、信者らを惑わすだけではないですか。まして、そんな本を「経典」と位置づけるなど有り得ません。

これを学校でのできごとにたとえましょう。

ある生徒が、自分で調べたことを授業で発表しました。

教師は、その生徒が発表した内容をテストで出題しました。

もし、その生徒の発表に誤りがあるならば、その間違いをその場で上手に訂正して、発表者の生徒も、その発表を聞く生徒も間違った知識を得ないように指導するのが教師でしょう。

それをしないで、テストに出題して、生徒の間違った発表した内容を正答にするのですか。それとも、その生徒の発表が間違えたからと言い訳して、それを真に受けて解答した生徒の答えに「×(ばつ)」をつけるのですか。

間違いの内容を発表した生徒も、それを真に受けた生徒もどちらにも責任はありません。それを正さずに放置した教師の責任です。

おそらく大川氏の「霊言」として発表する中身に事実が明らかに間違えることがあるから、あるいは、後に間違いが明らかになるから、その「予防線」を張るのでしょう。

後になって、大川氏が間違えたのではなく、守護霊がウソをついたのだと。

 

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