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2015年1月16日 (金)

オウム真理教と新宗教

1995年3月20日に地下鉄サリン事件が起きた。日本中に衝撃が走った。化学兵器による本格的な無差別テロだった。

死者12名、負傷者約6600名。

犯人はオウム真理教の教祖をはじめとした幹部ら。

地下鉄サリン事件だけでなく、それ以前から殺人などもしていたことが後に明らかになった。1989年2月の男性信者殺害事件から数えると、刑事裁判で認定された死者数は計27名にものぼる。

私は、この地下鉄サリン事件以前からオウム真理教を調べていた。それで結構な数の資料を入手した。

また、死刑が確定した元幹部にも長時間にわたりオウム真理教の教義について質疑をしたりもした。

調べていたというのは新宗教の動向という観点からである。この次に書くが、私も教団の表の部分しか見せられていなかった。

一連のオウム真理教事件が明らかになり、オウム真理教に理解を示していた宗教学者はバッシングを受け、勤める大学を去った教授もいた。

でも、彼ら宗教学者はオウム真理教の裏の顔を知らなかっただけで、彼らをバッシングするのは筋違いだと思う。

彼ら宗教学者が研究調査にオウム真理教の施設に案内されても、サリンの製造プラントなどを見られるはずもない。

表の面だけ見せられれば、その部分の資料しか入手できないのだ。

まして、宗教学は「文系」の学問であって、化学兵器などの製造といった「理系」の「ニオイ」を感じることができなかったこともあるだろう。

宗教学としては、その教義や教団の動向などを調べ研究する「文系」の学問であって、まさか武器や化学兵器を製造するという「理系」の分野までが「教団」に含まれているとは思わなかったはずだ。

オウム真理教の一つの特徴は高学歴の理系出身が多かったことである。

私はオウム真理教の幹部や信者に教義の矛盾点をついたこともある。「仏教として説明しているが、どこにその出典があるのですか?」「原始仏教でも、上座部仏教でも、大乗仏教でも説かないことを書いている。仏教を名乗る以上、どの経典にもないことを説いているのはいかがなものか」と。

そう考えると、これは一つの想像に過ぎないが、宗教学や仏教学、哲学を専攻した人を幹部に多く入れておけば、教団の武装化ではなく、教義の深化に向かうことはなかったのかとも思うところはある。

しかし、それは教祖の思いではない。教義の深化を教祖は望んだとは思えない。教祖自らの神格化と絶対化を進め、一般社会を破壊することで自らの世界破滅的な予言を的中させようと「演出」しようとしたのだろう。

そこで理系の頭脳を求め、化学兵器などの開発といった許されない極端な方向に簡単に進んだのではないかとも思う。

そうは言っても、地下鉄でサリンを散布するなどの凶暴性は外部の人間、いや教団内の人間のほとんども知らなかった。

サリンの製造に失敗して臭気が洩れると、アメリカ軍に攻撃されただのと一般信者に思わせた。また、松本サリン事件が起きると、教団内では「神の怒り」として位置づけた。

この教団は確かに、以前から「家族が入信して自分達のもとに戻らない」「家の財産を教団に寄付した」などのトラブルはあった。

また、オウム真理教の信者の独特のファッションや行動などに、ほかの宗教とは違う「風変わり」さを感じる人も多かったのも事実である。

だからといって、それをもって犯罪集団として警戒するまでは当時はほとんどできなかったはずだ。

この事件以降、宗教、特に新宗教への風当たり(偏見)は強まった。

ここで、先ずは当時の宗教をめぐる時代背景を書きたい。

当時は、「新新宗教ブーム」と言われることもあった。これは1970年代になると、それまでの新宗教とも違う新たなタイプの宗教が出てきたことで、東洋大学の西山茂教授が「新新宗教」と呼んだ。新しく成立した宗教が活動を活発化させていた時期でもある。

そもそも新宗教とは何か、言葉の通り「新しく成立した宗教」であるとは言っても、「新しい」とは現在から遡ること何時までかとなると、その基準は決まっていない。

いつの頃から起きた宗教が新宗教なのかとなると、いくつか説があり、「幕末以降」「明治期以降」「1900年以降」「太平洋戦争後」などとあるが、よく言われるのは「幕末以降」に起きた宗教である(私も幕末以降に起きた宗教を「新宗教」と捉える見方をする。後に起きる宗教との脈略、関係性を断絶できないからだ)。

例えば、幕末期に起きた、如来教、黒住教、金光教、天理教、本門佛立宗などから始まる宗教が新宗教とくくられるのだ。

「新新宗教」といわれる当時起きた教団の一つに、オウム真理教があった。

新宗教の研究で難しいと感じるのは、教義や崇拝対象、教団の本部(施設)、祭式などの改変が結構起きることだ。

私の経験でもよくあったが、教団施設を訪ねると、移転していることもよくある。

だから、常にアンテナを張って情報を取り入れていないと、その変化に気付かない。

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