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2015年3月20日 (金)

『マーケティングの天才 秋元康に学ぶ AKB48ヒットの秘密』を少しいじる その2

大川隆法氏『マーケティングの天才 秋元康に学ぶ AKB48ヒットの秘密』の巻末で、自動書記(神霊が人に言葉を書かせる現象)の形態で、元AKB48のメンバー・前田敦子さんの守護霊(?)のメッセージの一部が以下のものです(全文はこのブログの記事『大川隆法氏『マーケティングの天才 秋元康に学ぶ AKB48ヒットの秘密』を少しいじる その1』に転載しています。ブログのカテゴリー「幸福の科学」から検索されると早く閲覧できます)。

平凡な原石が磨かれて、ダイヤモンドに変わってゆく、貴重な体験をさせて頂きました。

この前田敦子さんの守護霊の言葉とされる一部分と、この本『マーケティングの天才 秋元康に学ぶ AKB48ヒットの秘密』の本編にも似たような記述があります。

これらは、私の想像でしかないですが、AKB48の歌『アンチ』(秋元康氏作詞)が元ネタになっているのではないかと思うのです。

女性アイドルグループ・AKB48にはたくさんのファンがいます。一方でアンチもたくさんいます。
自分に厳しいアンチがいてこそスターは育つと、AKB48のメンバーへの秋元康氏の思いが、『アンチ』という歌になったのかもしれません。

この『アンチ』(秋元康氏作詞)に次の一節があります。

そのダイヤの原石は

ホントに光るのか?

ただの小石なのか?

そうよ 私にもわからなくなる

(以上)

前田敦子さんの守護霊(?)のメッセージとされるものの一節では、「AKBが女の子たちの東大だって感じています。平凡な原石が磨かれて、ダイヤモンドに変わってゆく、貴重な体験をさせて頂きました。 」とあります。

しかし、前田さんがAKB48の卒業のとき、ファンらに伝えたメッセージが

「私のことは嫌いでも、AKB48のことは嫌いにならないでください」

その言葉が出るほど、前田さんはAKB48では人気はトップであっても、その一方でアンチたちからは常に辛辣な言葉を投げかけられていたのです。

そんな前田さんが自分をダイヤモンドだの、AKB48を女の子たちの東大だのなんて悠長なことを思える状態だったのでしょうか。

そもそもAKB48が始まったのは2005年12月8日。その日の初公演では客が7名しか入らなかったといいます。秋葉原のAKB劇場も初公演のときはまだ工事が完了していなくて、工事中の劇場で初公演をしたのです。当時は篠田麻里子さんが秋葉原の路上で公演のチラシ配りをしていたくらいです。

そんな初期からのメンバーの一人であった前田さんにとって、AKB48は女の子たちの東大なんて思えるものであったのでしょうか。

そして、先ほどの『アンチ』の詩にあるように、

今では国民的アイドルグループになったAKB48でも、そのオーディションに合格しても、

常に成長し続けないとならない重圧や、メンバーどうしの競争、将来への不安で

そのダイヤの原石は

ホントに光るのか?

ただの小石なのか?

そうよ 私にもわからなくなる

となるのではないでしょうか。

AKB48に入ってもダイヤモンドとして卒業できる保証など何もありません。

そんな「平凡な原石が磨かれて、ダイヤモンドに変わってゆく」なんてものではないでしょう。

以上、私の想像でものを言いましたが、大川氏はAKB48の今の栄光、見た目だけで想像してはいないかと思うのです。

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