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2015年3月25日 (水)

オウム真理教事件を抱える一人の女性

アーチャリー カウンセラー資格で「人に寄り添いたい」

AERA 2015年3月30日号掲載) 2015年3月24日(火)配信

オウム真理教による地下鉄サリン事件から20日で20年。元教団代表、麻原彰晃の三女・松本麗華(りか)が、実名、顔出しで手記を出版した。父との切れない「縁」を抱え生きていく思いを、アエラに語った。

――オウム教団は数々の事件を起こし、多くの人命を奪いました。どう捉えていますか。

松本:事件をオウムが起こした事実を、私は長い年月をかけ、徐々に受け入れてきました。どんな理由であれ、人の権利を奪うということは、殺人に限らず、してはいけない。それを肉親のように優しくしてくれていた人たちが実行し、多くの方々を苦しみに追いやった。そう考えると胸をえぐられ、本当に途方もないことをしたんだと思います。

――そんな優しい人たちが、なぜ凶悪事件を?

松本:普通の人が人を殺してしまう「闇」とは何だったのか考えます。例えば、人より有利に立ちたいという思考も事件に影響を与えていると思います。そういう気持ちは私にもあります。その思いが大きいか小さいか、どのくらいの割合なのかという微妙なバランスによって、事件は起きるのだと思います。

 ただ、報道されているように、破壊的な思想に基づく破壊的な行動であり、父が悪人で、それ以外の人たちは騙されて実行したという、この構図については疑問を持っています。

――事件の大きさを理解したうえでも、そう思いますか。

松本:たとえ父が事件に関与していたとしても、私は父のことを大切に思い続けます。

あなたの息子さんが罪を犯したからといって、息子じゃないと思えますか。そういう話なんです。私にとっては、大切な父です。

――12年頃から母(56)との連絡が途絶え、長姉(36)や四女(25)たちとも絶縁状態が続くと聞きます。

松本:母が完全に私を見捨てたと受け取れる出来事があって以降、連絡がつかなくなりました。ただ、「母を守っていかなければいけない」という呪縛からは解放されたように感じます。姉や妹、弟たちは、この20年間ずっと苦しんでいる。少しでも元気でいてくれたらと思います。

――今はどうやって生活しているのですか。

松本:親代わりの40代半ばの男性と、2番目の姉(34)と上の弟(22)と同居して、和気あいあいと暮らしています。けんかもしますけど。もっとも、姉と弟は肉体的にも精神的にもボロボロな状況で、働くことができません。私が頑張るしかない。

 実は3月、心理カウンセラーの試験に合格したんです。その資格を生かし、世間から「悪者」扱いされている方々に寄り添っていきたいと思います。ただ、私がモンスター化された存在だから、向こうには会いたくないと思われるかもしれませんが。

※AERA 2015年3月30日号より抜粋

(以上、転載了)

オウム真理教による地下鉄サリン事件が起きたのは1995年3月20日。

この事件後、すぐにオウム真理教に捜査が入った。これによってオウム真理教の裏が次々と明らかになった。

この事件は大きな衝撃があった。

一つは、サリンというナチスでさえ開発したものの使用をためらった化学兵器を無差別大量殺人に使ったことである。

二つ目に、宗教団体が無差別大量殺人を計画・実行したことである。

私自身はこの事件が発覚する前から、オウム真理教の調査をしていた。自身が新宗教が専門分野だったからである。

そのために、さまざまな資料を入手したり、今では死刑囚になっている幹部とも長時間にわたってインタビューをしたり、信者の話を聞いたり、行事に参加したりしたものである。

その中でオウム真理教は裏の面を見せなかった。しかしサインは出していた。そのサインとは何かをいずれ書きたいと思う。

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