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2015年5月27日 (水)

大川隆法氏が救世主や再誕の仏陀である根拠はあるのか? その7

(前回からの続きです。以下の太字の箇所は、幸福の科学系雑誌『Liverty』HPからの転載、太字でない箇所は私の疑問や考察になります)

大川総裁は、2011年、国民の多くが上座部仏教を信じるスリランカで説法を行った。数十社のマスコミが取材し、テレビ放送もされたこの説法の後、参加者の7割に当たる1万人近くの人がその場で幸福の科学に入会。その模様を取材したインド・ビハール州のアージ新聞は「スリランカでも仏陀再誕が認められた」と驚きをもって報じた。スリランカの人々は、数千年前の文献や伝統的な教えよりも、自らの心で直に受け止めた「仏陀再誕」の感触を信じたということだ。

大川氏が活躍しているから、あるいは、スリランカで講演(ちなみに幸福の科学では大川氏の講演を「説法」と言っています)をしたら、その場で1万人が会員になったから、それをもって大川氏が「再誕の仏陀」だという根拠にはならないのです。もし、その理屈が通用するならば、仏陀であることの証明は一般の人々によってなされることを意味してしまいます。違う言い方をすれば、一般の人々が「あの人は仏陀だ」と思ったら、それで「仏陀」であると認定されるのかということです。

 仏陀が再誕するなら、かつて自らが説いた教えに制約されることなく現代人のために新しい法を説くはずだ。ましてや、後世に編纂されたパーリ仏典や仏教教学などに制限されることもありえない。パーリ仏典を根拠に、仏陀再誕を否定することの無意味さに気づくべきだろう。

「仏陀が再誕するなら、かつて自らが説いた教えに制約されることなく現代人のために新しい法を説くはずだ。」とありますが、これは単なる「仏陀が再誕するなら」という仮定の話。ここで必要なのは、仏陀の再誕はあるのか否か。幸福の科学では、仏陀の再誕は「ある」とするのですから、それを論証すること。それなのに、その証明をしないままに仮定の話に論点をずらしています。

もう一度言います。「仏陀が再誕するなら」ではなく、「仏陀が再誕するのか」を論じる場面です。

それなのに、最後には論証しないままに仮定の話をして、それをもって現存の仏教経典や仏教学を否定しても何の意味も価値もありません。つまりは「再誕の仏陀」などと言っても、こんな程度の論でしか返せないということで、つまりはいかに「自称」「かたり」の類の話しかが分かります。

この『Liverty』の記事を書いた人は、大川氏が「再誕の仏陀」だと自分では論証しようと試みたのでしょう。でも残念。記事を読んでみて、「再誕の仏陀」なるものが、これほど脆弱な論理、いや論理にもなっていない言葉でしか表現できないことがわかりました。一見、現存の仏教経典や浄土教学などを引用してみても、それは論証のためにもならず、仏教学を学んだ人からしたら及第点など付けられるレベルではありません。仏教の問題について論じているはずが、他宗教の例を持ち出して、それをもって自らの説が仏教的な見地からして正当だと証明しようなどあり得ない話です。たとえば、日本の裁判で「この犯罪はアメリカではこれくらいの刑罰になるから」と量刑を言い渡せるのか、です。

幸福の科学が説くのが仏教だと言わなければ私は何も言わないでしょう。しかし、仏教とするならば、批判に耐えうる根拠(論拠)をだして説明・反論するべきものです。仏教を標榜する以上は仏教学的な見地や知識、文献によって反論・説明すれば済むだけのことです。しかし、ただの思いの範疇を超さないものをもって、正しい仏教とは何かを説くのは無理があります。幸福の科学側の仮定の話にあえて乗って、仮に仏陀が再誕するとしても、その教えが2500年前に説かれた内容と異なることがあるでしょうか。確かに時代や環境の変化はあります。ですから、そこに使われる言葉に差異は当然あります。しかし、時代や環境に差異があるからと内容自体が変わる仏教では人々を混乱させるだけです。そして、自分たちの思いや教説にそぐわないもの(人)を「悪魔」の側に置くというのは、論理の正当性を証明する術も論拠もないことのあらわれではないでしょうか。大川氏自身、この月刊誌『リバティ』の記事を書いた方、あるいは会員の思考を停止させて、大川氏の教説だけを絶対化させる術にしかなっていません。

(幸福の科学系雑誌『Liverty』HPにあった記事についての考察はここまでです)

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