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2015年6月13日 (土)

宗教の禁じ手をやった幸福の科学 その1

幸福の科学の教義をパッチワークに喩える人もいます。

様々な宗教の教義をつなげ合わせたからです。

大川隆法氏自身は宗教の教義にあまり興味もなく、知識も無かったとみます。

それは幸福の科学が公表する大川隆法氏の生い立ちをみても分かります。
大川氏がどこかの宗教に触れていたとか、学生時代や、大学を卒業してトーメンという商社に勤務してからも宗教書を読んでいたとかといった、宗教への関心も宗教との接点も見出せません。

やはり実父のペンネーム「善川三朗」氏が生長の家やキリスト教に触れていた経験もあるほど、宗教の知識があったことで、「霊言」なるものを善川氏の知識で形作り、善川氏の知識を「霊言」で形作るという作業を、父親と息子2人で家内作業を始めたとみます。

父親は教義担当、大川氏は霊言の依り代という、父親が息子の大川氏に降りた霊の声を聞き取るという作業、これが初期でしょう。この問題は拙ブログで何回か触れていますので、そちらもお読みください。

ですから、幸福の科学の教義となると、父親が得た生長の家やGLAなどから教義を「つまみ喰い」したものになりました。

次回は今に至っても教義の「つまみ喰い」をしている証拠を出し、幸福の科学が単に「パッチワーク」の教義であるなんてものではなく、宗教とは思えない禁じ手を自ら吐露した、その証拠の一つを出します。

(つづく)


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