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2015年6月 3日 (水)

寺社に油をかけたキリスト教系団体創始者の日本人医師

奈良県や京都府、千葉県、新潟県など日本各地の寺院・神社に行っては油をかけた容疑で、キリスト教系団体の創始者でもある在米の日本人医師の逮捕が待たれています。

彼の理屈では「油で清める」。

テレビでコメンテーターは、キリスト教で「油で清めるなど無いのに」と言っています。

では、キリスト教の聖典である『旧約聖書』レビ記第14章の記述を見てみましょう。

犯人はこの記述を自己流に解釈したのではないでしょうか?

でも、彼のやったことは責められるべきで、許されるはずもない行為です。

(以下、第1節から第20節まで転載)

主はまたモーセに言われた、   「らい病人が清い者とされる時のおきては次のとおりである。すなわち、その人を祭司のもとに連れて行き、 祭司は宿営の外に出て行って、その人を見、もしらい病の患部がいえているならば、 祭司は命じてその清められる者のために、生きている清い小鳥二羽と、香柏の木と、緋の糸と、ヒソプとを取ってこさせ、 祭司はまた命じて、その小鳥の一羽を、流れ水を盛った土の器の上で殺させ、そして生きている小鳥を、香柏の木と、緋の糸と、ヒソプと共に取って、これをかの流れ水を盛った土の器の上で殺した小鳥の血に、その生きている小鳥と共に浸し、 これをらい病から清められる者に七たび注いで、その人を清い者とし、その生きている小鳥は野に放たなければならない。 清められる者はその衣服を洗い、毛をことごとくそり落し、水に身をすすいで清くなり、その後、宿営にはいることができる。ただし七日の間はその天幕の外にいなければならない。そして七日目に毛をことごとくそらなければならい。頭の毛も、ひげも、まゆも、ことごとくそらなければならない。彼はその衣服を洗い、水に身をすすいで清くなるであろう。 八日目にその人は雄の小羊の全きもの二頭と、一歳の雌の小羊の全きもの一頭とを取り、また麦粉十分の三エパに油を混ぜた素祭と、油一ログとを取らなければならない。 清めをなす祭司は、清められる人とこれらの物とを、会見の幕屋の入口で主の前に置き、祭司は、かの雄の小羊一頭を取って、これを一ログの油と共に愆祭としてささげ、またこれを主の前に揺り動かして揺祭としなければならない。 この雄の小羊は罪祭および燔祭をほふる場所、すなわち聖なる所で、これをほふらなければならない。愆祭は罪祭と同じく、祭司に帰するものであって、いと聖なる物である。そして祭司はその愆祭の血を取り、これを清められる者の右の耳たぶと、右の手の親指と、右の足の親指とにつけなければならない。祭司はまた一ログの油を取って、これを自分の左の手のひらに注ぎ、そして祭司は右の指を左の手のひらにある油に浸し、その指をもって、その油を七たび主の前に注がなければならない。 祭司は手のひらにある油の残りを、清められる者の右の耳たぶと、右の手の親指と、右の足の親指とに、さきにつけた愆祭の血の上につけなければならない。 そして祭司は手のひらになお残っている油を、清められる者の頭につけ、主の前で、その人のためにあがないをしなければならない。また祭司は罪祭をささげて、汚れのゆえに、清められねばならぬ者のためにあがないをし、その後、燔祭のものをほふらなければならない。 そして祭司は燔祭と素祭とを祭壇の上にささげ、その人のために、あがないをしなければならない。こうしてその人は清くなるであろう。

(以上、転載了)

そのうち、第15節から第18節までを見ましょう。

祭司はまた一ログの油を取って、これを自分の左の手のひらに注ぎ、そして祭司は右の指を左の手のひらにある油に浸し、その指をもって、その油を七たび主の前に注がなければならない。 祭司は手のひらにある油の残りを、清められる者の右の耳たぶと、右の手の親指と、右の足の親指とに、さきにつけた愆祭の血の上につけなければならない。 そして祭司は手のひらになお残っている油を、清められる者の頭につけ、主の前で、その人のためにあがないをしなければならない。

とあります。

もしかしたら、犯人はこの記述を自己流に解釈したのではないでしょうか?

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