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2015年11月 9日 (月)

大川隆法氏の伝教大師最澄と酒井雄哉大阿闍梨の霊言なるものを少し検証しました その10

(前回につづく)
さて、 この大川隆法氏著『酒井雄哉 日本天台宗大阿闍梨に引導を渡す』をパラパラと読んでみました。
酒井師が餓鬼道に堕ちたという設定で、酒井師を演じて食べ物を貪るような仕草をしたりと、酒井師を卑しめています。
この大川氏著『酒井雄哉 日本天台宗大阿闍梨に引導を渡す』のおおまかな内容はこのようなものです。
生前は過酷な修行を続け、世間からは生き仏のように慕われた酒井師は遷化(僧侶が亡くなること)したあと、実は餓鬼道に堕ちたのに傲慢な態度でいる。それでも大川氏に救いを求めて来た。酒井師の霊言から天台宗の教義が誤ちで、酒井師の修行は「肉体行」で「唯物」だとして、それも過ちであると明らかになったとした。そして、大川氏に引導を渡され酒井師は救われた、という流れです。
遷化した酒井師を利用して、酒井師のネームバリューで本を売りたい、そして、大川氏が前から嫌いな天台宗も攻撃したい、また生前は多くの人々から生き仏と慕われた酒井師への嫉妬があるのか、酒井師を貶めて、実は酒井師は生き仏ではなく、酒井師を救えるのは自分(大川氏)だと自らを誇示したいという魂胆が絡んでいるのでしょう。
でも、やっていることは、やはりいくらなんでも遷化(僧侶が亡くなること)した酒井師に対しての冒瀆・人格攻撃であり、到底宗教行為の範囲内とも、宗教批判とも考えられません。
たとえ霊言なるものが宗教行為だとしても、故人(個人)の尊厳を貶めることは慎まなくてはなりません。それが世間の常識であり、まして宗教にたずさわる人たちに求められる態度でありましょう。
もし宗教の正邪を論評するにしても、故人の「醜態」とするものを出版してまで世間にさらすようなことは宗教云々以前に、人としての良心や倫理にかかわることだと思うのですが。
ですから、宗教行為と称して故人(個人)を卑しめる内容を出版してまで世間の目にさらすことをやっている大川氏や幸福の科学が批判の対象にされることも当然なことで、それらの批判を受容できないで、一方的に故人や存命の人物の霊言なるものを出すのが世間から許容されるはずがないでしょう。
幸福の科学の論理は、自分らが他者・他宗教を批判することは信教の自由だの正当な宗教行為だのと主張しますが、逆に、幸福の科学が他者から批判されると信教の自由の侵害だの宗教行為への冒瀆だのと反論します。
単純に言えば、他人のことは殴るときは自由の表現だと言い、逆に他者に自分が殴られたら暴力だと訴えるようなものなのです。
 

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