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2015年11月 6日 (金)

大川隆法氏の伝教大師最澄と酒井雄哉大阿闍梨の霊言なるものを少し検証しました その8

(前回につづく)
ここで、幸福の科学の信者の方のブログ『LEO 幸福人生のすすめ』さんの記事「『酒井雄哉 日本天台宗大阿闍梨に引導を渡す』の感想」を転載します(転載部分は太字部分)。
『酒井雄哉 日本天台宗大阿闍梨に引導を渡す』を読了しました。
まだ死後2か月足らずと言うことで、あの世へ帰る以前の、魂が地上をさまよってる段階らしい。
生前、比叡山天台宗の大阿闍梨と言われ、マスコミでも褒められていた人らしいですけど。 霊言が始まるや否や、何だかいつものごとき、あっち方面の方のようで、 どうも偉大なる悟りを得ている人には思えません。
その語る言葉に、高級霊や天国霊のような、謙虚さがなくて、態度も尊大です。 尊大な態度の天国霊って、まぁいないですよねー。
高級霊となると、なおさらです。 尊大な高級霊なんて見たことないし、霊言でも皆さん、礼儀正しく謙虚なのが普通ですもんね。
なので、この方も、松本清張や、中村元や、そっち系の方なのかねーと思いながら、読み進めていきました。
傲岸不遜といったらアレかもしれませんが、横柄で、態度はでかい。 何より問題なのは、自分は悟りを開いたとか、生き仏なのだとか、自己評価が異常に高いこと。
大阿闍梨という称号を生前もらってしまっているものだから、それが悟りの証拠と言いたいのかもしれませんが、 語る言葉に、悟りの香りと、真理の言葉が出てこなければ、そのような自称は、客観性の無いうぬぼれにしか見えませんし、高級霊界へ直帰してないところを見たら、悟ってないことは明らかですものね。
やはり、悟ったとか、解脱したとか、自分は仏だキリストだ、などと幾ら口で言ったって、 それだけの実績も無く、客観的に言っても成仏すら出来ていないでは、お話になりません。
こういう自信過剰の人は、自己愛にもとづいた自惚れ、過信がほとんどで、 外から見たら、単なる自惚れ屋にしか見えないし、あまりに自信満々すぎる態度に、不思議ささえ感じてしまいます。
やはり人は、謙虚でなければいけないし、本当の自信というものは、神仏の子としての自覚から来る自信であって、それゆえ必ずや謙虚さを伴うもの。 謙虚なる自信こそが、本当の自信というもので、うぬぼれや傲慢は、それとは真逆のものに過ぎないと、自分は思っています。
この大阿闍梨霊言の圧巻は、後半へ行くほどに明らかになってきますので、最後まで順に読むと、とても貴重な学びになりますね。ありがたいことです。 最初は、総裁先生の肉体に入って、しゃべり始めたんですが、早々に、霊言の出来る職員さんの方へ移行して、そのチャネラーを通しての霊言が大半になります。
なので、いつもとは違って、向かいに総裁先生が座られて、この大阿闍梨の霊に直接、教え諭す対話シーンを読むことが出来ます。 今まで隠していた本心や、知られては困るような秘密だとか、悟りを詐称する罪がどういう結果を招くかなど、総裁先生が直接、平易な言葉を使って、この大阿闍梨に教えてくださっています。
その言葉の数々に、驚き、感心する大阿闍梨の霊は、最後いったい、どのような変化を遂げるのか。 最初に出てきた時は、今までの地獄霊にも共通の特徴だった、尊大で自己反省ゼロの態度だったのが、だんだんと心を改めはじめ、 ひょっとして、自分には間違いがあったのかなーと、考え始めるようになる。
その心の変化の過程は、仏弟子必読の重要な対話シーンだと思います。
地獄に堕ちる霊は、自分が悪いということを、決して認めない人ばかり、と言いますね。 総裁先生は初期のころから、地獄霊の特徴をそう評しておりました。 自分が悪いと素直に言える霊は、一人もいない。みな自分は正しい。悪いのは他の人、世の中、誰々のせい、自分は決して悪くない。そう言い張るそうです。
自分の過ちを反省できない頑なな心、自己愛、自己過信、それが地獄に堕ちる一番の理由ですからね。エゴイズム。これが共通する特徴でしょう。 けれども、本霊言の大阿闍梨に、かすかに芽生えた、 ひょっとして、自分の考えは間違っていたのですか、と自己を振り返る心は、 この方の心に、仏の救いの光を受け入れる、きっかけを与えたかのようです。
まさに、その現場に立ち会って目撃できる、そういう臨場感のある霊言中の対話場面。 必読ですね。 自分の過ちを認める心。 自惚れ心を去り、本当に自分は、真理の言葉を語れるほどに、悟っているかどうか。
光を発するほどの心境になれているかどうか。 宗教者はすべからく、厳しく自己を見つめなおし、この大阿闍梨の霊言から学ぶべきだと思います。 信者といえども、他人事ではありませんね。 自分は大丈夫と思っているタイプが、いちばん危ういというのも、これまた初期のセミナーで、総裁先生がおっしゃっていたこと。 自分に悪霊が憑いていると思う人、思わない人、に分かれてもらったら、 憑依されているのでは?と思っている人の方には、逆に憑いておらず、 自分には憑いていない、と思っている人の方に、実は憑いていた、というお話がありましたね。
やはり、自分に厳しく、自己チェックをする心を持っている人は、実は意外にしっかり心が練れていて、光を宿しているんですよね。 その逆に、自分は悟っている、とか、光の天使なんだ、とかすぐに思いあがる人ほど、実は危ない。
そんなことは、幸福の科学の草創期から言われていたことですもんね。 よくよく自戒しつつ、 自信を持つのなら、主への信仰に基づいた、謙虚なる姿勢の中にこそ、仏の子としての自信を、 自惚れ心や、傲慢心とはまったく真逆の、さわやかで優しい心に輝く、いぶし銀のような自信の心を持ちたいものだと思います。
(以上、転載了)
この転載したブログの記事は、幸福の科学の信者の方が大川氏著『酒井雄哉 日本天台宗大阿闍梨に引導を渡す』を読めば、このような感想をもつだろうという模範的・典型的にして、この著書『酒井雄哉 日本天台宗大阿闍梨に引導を渡す』を要点をおさえて再現していると思ったのでここで転載しました。
(つづく)
 
 

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