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2015年12月28日 (月)

安倍政権の正体

ネット依存のヒーロー
安倍首相自身なのか、あるいは安倍首相を取り巻く人々はネットに依存しているような気がする。
しかし、ネットを使う人々は多く、たとえばネット上の掲示板に熱心に書き込んでいる人もいる。
結構、ネット上では安倍政権は「比較的」支持されているような感がある。
ただし「比較的」にである。
民主党が政権にいたときの「決められない政治」と比べて、安倍政権の「決める政権」を評価している。
安倍政権を肯定する人々の書き込みを見ると、民主党政権の時代を引き合いに出している。
それらネット上の書き込みを安倍氏らは国民の声だと思っている節がある。
それで気を良くして、安倍氏らは自信をもっているようだ。
化けの皮が剥がれてきたアベノミクス
ところが、最近、ネット上の書き込みを見ると、アベノミクスの胡散臭さ・失敗に、これまで安倍政権の支持層までがようやく気付いてきたようだ。
これまでは何が何でも安倍氏・安倍政権を手放しで肯定し、批判的な書き込みに噛みついてきた。そうやって、結果的にも安倍氏・安倍政権に批判的な書き込みを封じてきたのだ。
ところが今、ネット上では、アベノミクスの失敗を批判する書き込みが並んできた。
「桃・栗はようやく収穫できたが、柿まではいっていない」といった安倍首相の発言に、ネット上では結構批判が集まり、「桃や栗は自民党や財界・アメリカが食べてしまい、食えないものだけを国民に喰わせようとしている」といった書き込みも散見する。
以前、安倍首相はトリクルダウンなる、まずは富裕層が儲け、それが低所得者層にまで滴り落ちて、全体が潤うという「空想」を国民に平然と話していた。
経済学を少しでもかじれば、そんなトリクルダウンが歴史上起きたことがなかったことくらいわかるはず。それなのに、それが「空想」ではなく、あたかも「現実」かのように話していた。
だったら実際にトリクルダウンなるものは「現実」になっただろうか?
まだアベノミクスなるものが始まって間もない頃は、「すぐに成果が出るはずがない」「もう少し待て」といったネット上の書き込みが多かったが、今となっては「すぐに成果が出るはずがない」「もう少し待て」と言うには時間が経ち過ぎた。
つまりはアベノミクスは一般庶民に良い効果をもたらすことがなかったことを、なによりも時間が証明してしまったのだ。
安倍氏を支持する評論家らは数字を出して効果を説明しようとしても、国民の間に何ら良い実感がないので、その数字に説得力がないのだ。
「一億総活躍社会」の行方
そんなことを振り返ることもなく、目くらましのように、安倍首相は「第2ステージに入りました」と「新3本の矢」なるものを打ち出した。
最初の「3本の矢」はどこに刺さったのかも言わない・知らない・分からないうちに、「新3本の矢」なるものを出した。
国民を新たな方に目をそらせようとした。
しかし、以前に言っていた「3本の矢」は景気回復・経済発展のための「手段」だったのが、「新3本の矢」は「一億総活躍社会」なるものになるための「目標」だ。
「手段」が「目標」になっている。
まったく脈略がつかめない。
では、「一億総活躍社会」なるものの正体は?
老若男女こぞって働かなくてはもたない日本にしてしまったということだ。
みんなが企業で働かなくては生きていけない世の中になってしまったのだ。
その宣言が「一億総活躍社会」ではないのか。
もう休んだり、家で暮らしたり、家庭を充実させたり、自分を充電させたりすることもできない「危機的な」段階に入ったのかもしれない。
「危機的な」段階とは、一部の富裕層・大企業とその他との経済的格差が広がるばかりで、自然と新たな貧困が生まれつつ、貧困の度合いが強くなり、家族全員が高齢になっても休まずに働かないと生活ができない人が増えているということだ。
それでも、安倍氏らは言う、「経済成長」と。
安倍氏らは、自然に貧困層が次々と生まれる社会構造をつくり、そして貧困層が企業で労働力となり、それで企業(特に大企業)が経済成長をする構図を描いているように思える。言い方を換えれば、安倍政権の経済政策は国民全体を経済的に富裕にするものではなく、貧困という不安定な状況に落として、企業に労働力を提供しなくては生活ができない関係をつくり、それでもって特に大企業が経済成長していくということである。
ということで国民の大多数を「働き蜂」「働き蟻」に仕立てて「経済成長」をさせたいようだ。ただし、その経済成長の恩恵は「働き蜂」「働き蟻」に還元されることはない。
ということは、安倍氏らの経済政策は、貧困層を生み、その貧困層が安価な労働力とならなくては成り立たないのだ。もっと言えば、国が貧困を生んでいるのである。
ここで明治期の「富国強兵」が思い浮かぶ。
年若い女の子も売られるようにして紡績工場で「女工」として体を壊すまで働かされた、『あゝ野麦峠』や『女工哀史』で読んだ世界が、この時代に蘇ろうとしているのか。
それから、歴史の資料集で観た、昭和恐慌の時代、娘の身売りの相談受付の看板が役場に掲げられている写真。
今、学費や生活費に困窮して風俗業に入る若い女性が多く、生活費を節約せざるを得なくて、風俗業の現場で寝泊まりをしている実態をニュースで読んだ。
それらが過去のことではなく、現在のことになっているのだ。
戦後民主主義を否定したがる理由
それなのに、安倍氏らの憧れは大日本帝国憲法下の日本。
それに賛同する人たちもいるだろう。
でも、気づかなくてはならない。
安倍氏らの祖父までは、太平洋戦争に負けるまでは日本の支配階級・特権階級にいたことを。
安倍氏らを取り巻く「保守」政治家の家系をみたらいい。祖父の代まで、つまり戦中までどのような地位にいたのかを。
そうすれば安倍氏らは「戦後レジーム」「戦後民主主義」なるものを憎む理由も分かるだろう。
なぜならば、戦後、支配階級・特権階級から引きずり降ろされたのだから。
だから、安倍氏らは「戦後レジーム」「戦後民主主義」を崩壊させて、かつての世襲的な支配階級に戻ることを目指しているだけではないのか。
「戦後レジーム」「戦後民主主義」への復讐心に燃えているのだろう。
そのために、「戦後レジーム」「戦後民主主義」を否定するために、彼らは愛国心という多くの国民に漠然とでも共感できる心情に訴え、中国や北朝鮮、韓国への脅威や敵対心を煽りながら、国民を扇動しようとするのだ。
以前、安倍氏は言った。「みなさん、私を右翼の国家主義者と呼ばれたければ、そうお呼びください」と。
とても一国の内閣総理大臣の発言とは思えない。愛国者であるがためにバッシングを受けるのだ、迫害を受ける愛国者だと自己演出をしてみせた。
彼の思惑通り、ネット上では安倍氏をヒーロー扱いをする書き込みも並んだ。
しかし、愛国心を純粋に信じる国民と安倍氏らの思惑とは違う。
安倍氏らは、フランスでいえば、フランス革命以前のオーシャンレジーム(旧体制)という国王・貴族・聖職者が市民を支配する体制への逆転を目指しているだけだ。
大多数の市民からすれば望んでいない体制に戻すだけのことだ。
つまりは、戦前に支配階級・特権階級であった家系の安倍氏らと、そのような家系にない大多数の私たちとは全く違う。
戦後になって「平等」「自由」が当たり前の世の中に生まれ育った私たちは、戦前の支配階級・特権階級があった時代を知らないし、まして肌感覚でも分からない。
だから、ふと「戦後民主主義が間違っている」と言われると新鮮さを感じるのかもしれない。
しかし繰り返すが、安倍氏らの思惑は再び支配階級・特権階級に返り咲きたいだけだ。
一方で、安倍氏に扇動されたところで、一般の国民は支配される側に固定されるだけに過ぎない。
なんとも皮肉なことであるが、安倍氏らの思い描く日本の姿はそんなものである。
国家転覆を目指す安倍氏ら
2015年、憲法の規定に基づき、野党は臨時国会の開会を求めた。
当然、憲法の規定に従い、臨時国会を開会しなくてはならない。
ところが安倍政権は臨時国会を開かない。
つまりは憲法を無視したのだ。
また、同じ2015年、安倍政権は集団的自衛権の行使を含む安保法案を多くの国民が反対し懸念しても強行に法制化させた。
そもそも憲法のどこをどのように読んでも集団的自衛権が容認されるはずがない。憲法学者のほとんどが「違憲である」、あるいは「違憲の疑いがある」と言っている。
ところが、砂川判決なるアメリカとの秘密裏の交渉で出した、国辱的で司法権の独立を逸脱した最高裁判決を集団的自衛権の容認の根拠にしてきた。
しかし、この砂川判決には集団的自衛権の行使の是非など判断されていない。
判断されていないことを判断されていると言い張って、それを根拠に出した。
憲法解釈や判決文の解釈の問題ではない。
ないものをあると言い張り、それを根拠だとしたままだった。
これは憲法の破壊でしかなく、憲法を無視し、憲法に基づかない法律を制定するなど国政の「暴挙」であり、日本の「破壊」である。
つまりは、安倍氏らのやっていることは「保守」政治ではない。
いわばクーデターか、「国家転覆」ではないか。
すると、一部からは「現行憲法はアメリカの押し付け憲法だから」と反論もあるだろう。
しかし、現行憲法が押し付け憲法だから破ってもいい、というのは論理の飛躍である。
その理屈が通用するならば、法治主義、立憲主義など近代国家としての要件をなくしてしまう。
卑近な例でいえば、「これは法律違反だ」と咎められたら、「そんな法律は押し付けだ」で済むのかという話だ。
自分たちがイヤなものは守らなくてもいい、という理屈が通るとでもいうのか。それでは法治主義・立憲主義が成り立つはずがない。
もし現行憲法に欠陥や不備があるならば正当な手続きで憲法改正を目指すしかない。また、「押し付け」がイヤであれば、それも憲法改正を目指して解決するしかない。
そういえば、産経新聞の社説に「本来は憲法改正を目指すべきだが、国防は喫緊の課題だから仕方がない」といったことがあった。
安全保障の専門家の論調に似ている。
「憲法を守って、国が滅びてもいいのか」と。
それならば、法治主義や立憲主義は無視してもいいのか。それがまかり通るならば、それこそ無法地帯ではないのか。国家としての体をなさなくなる。
無政府状態である。
少なくてもこれが保守政治のはずがない。保守派を自認する人たちが安倍氏らを支え、安倍氏らのこういった行動・手法に疑問を感じないこと自体が問題である。
今、ISなるテロ集団がイラクやシリアにある支配地域で、自分たちで勝手に法をつくり、勝手に裁判をして、勝手に民衆らを処罰・処刑している。
安倍政権も自分たちで勝手に法をつくって、勝手に裁判をしている。
沖縄県辺野古の基地建設をめぐる政府と沖縄県との対立を見ても似ている。
本来は住民の権利であるはずの訴求権を政府が濫用して、係争中にもかかわらず沖縄県辺野古での基地建設を続行させている。
国家の防衛を名目に国体を破壊していることに気づくべきだ。

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