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2016年2月17日 (水)

宮崎謙介議員の不倫をめぐって その5

特別重大報道 それでも再出馬意欲だって!? 「ゲス不倫」辞職にも懲りない宮崎謙介

2016年2月16日 サンデー毎日 .    .   

北朝鮮の「衛星打ち上げ」を報じた朝鮮中央テレビの「特別重大報道」よろしく、いかなる衝撃ニュースにも虚と実が混在し、どうにも油断ならない。ならば失態、醜態を報じられたあのセンセイ、あのスター、あの芸人に果たして一分の理はあるのか。  

イクメン議員として脚光を浴びながらも、女性タレント(34)との不倫疑惑が報じられた自民党の宮崎謙介衆院議員(35)=京都3区。2月12日、国会内で急きょ開いた会見で「ゲス不倫」をあっさり認め、「心からお詫(わ)びしたい」と議員辞職を表明した。  

宮崎氏といえば、妻で自民党の金子恵美衆院議員(37)の出産が迫る昨年12月、育児休暇取得を宣言、注目されていた。『週刊文春』(2月10日発売号)の不倫報道を受けて行われた会見では、1月30日に京都の自宅で密会していたことなど、文春報道をほぼ全面的に認め、「1月4日に知り合って以降、計3回会った。自らが主張してきたことと軽率な行動のつじつまが合わない」と辞職理由を説明した。同日中に大島理森衆院議長に辞職願を提出し、同16日の本会議で許可される見通しだ。

「今後は支援者に詫びに行きたい。その後の仕事はノープラン」としているが、永田町関係者は「当面は金子事務所のスタッフになるのではないか」と見る。  

妻の出産直前に「ゲス不倫」に及んだ宮崎氏、一体どんな人物なのか。  

公式ホームページなどによると、東京都出身で2003年に早稲田大を卒業後、生保会社を経て07年に人材育成・学生支援会社を設立した。12年に自民党の公募で京都3区から出馬し初当選、現在2期目。06年には加藤紘一元幹事長の娘で加藤鮎子議員とも結婚歴(09年に離婚)がある「バツイチ男」。

「野心家で鮎子さんとの結婚も紘一氏からの地盤、看板の禅譲を狙ったものと言われていました。しかし女性問題が原因で、紘一氏もさすがにサジを投げて離婚となったようです。片や奥さんの金子議員はすこぶる評判が良く、地方議員からの叩(たた)き上げで勉強熱心な人。将来も有望視されています。それだけに、なんであんな『チャラ男』にひっかかったのかと同情的です」(前出・永田町関係者)  

会見では入院中の金子議員から「恥をかいてきなさい」と送り出されたという宮崎氏。別の不倫相手の存在を質問されて「否定は致しません」と認めた。さらに「今は志半ば。成し遂げたい政策がある」と政界には未練タラタラだ。「ノープラン」と言いつつも出馬意欲を示したのだが、復帰への道のりは厳しい。政治評論家の浅川博忠氏が斬り捨てる。

「議員辞職がみそぎになると思ったら大間違いです。複数の自民党幹部から『(宮崎氏を)もう見限った』と聞いています。万一、彼を公認すれば、選挙区だけでなく、公認した自民党への攻撃材料となるのは必至。再度、公認するメリットは何もない。次期衆院選はおろか、何年たっても復帰は絶望的でしょう」  

もともと目立ちたがり屋と評判だった宮崎氏。ならば杉村太蔵氏のようにタレントに転身する手もあるが、民放関係者は「落第点」と突き放す。

「自身の経験談を喋(しやべ)るなら一定期間は需要があるでしょう。しかし、杉村氏のようにタレント業での活躍は無理です。とにかく不倫のイメージは悪く、特に宮崎氏の地元・関西の女性は不倫に厳しい地。ベッキーが出演した時の局へのクレームの量は関東の比ではなかったですからね」

 前出・浅川氏は「彼はモテたいがために議員バッジを付けたような人物」と一刀両断した上で、自民党にも注文をつける。 「小選挙区制で、受けのいい外見や肩書だけで決めるという選考のあり方を考え直すべきです」  

宮崎氏は「離婚は私が決めることではない」というが、政界復帰もまた然(しか)りだろう。

(本誌・本田晋作) (サンデー毎日2016年2月28日号から)

(以上、転載了)

『文芸春秋』の記者が記者会見の場にいたから、宮崎氏が辞任を口にしたのではないでしょうか。

『文芸春秋』の記者の質問。

「結婚記念日は何をしていたのでしょうか」

つまりは、次号のスクープは用意してある、そのスクープの内容はおそらく34歳のグラビアアイドルだけでなく、他にも不倫相手がいた(いる)ということです。

ですから、宮崎氏は他にも不倫関係があることを認めるしかなかったのです。

否定して、文芸春秋にスクープを出されてからではベッキーさんのような状態になる、それをおそれたのでしょう。

彼にとっては文芸春秋の記者はプレッシャーだったはず。

そして、彼の計算では一旦辞職すれば、これ以上不倫の問題は報道されないとでも思ったのかもしれません。

「辞職を決意しました」

でも、辞職は彼にとっては政界からの引退ではなく、とっさの逃げ口上だったようで、

すぐに後援会の幹部に電話を入れ、

「辞職するつもりはなかったが辞職すると言ってしまった」

「後援会は存続させておいてほしい」

つまりは辞職は最初の計算どおりではなかったが、また自民党公認として議員復帰を考えていたのでしょう。

ですから、

「自民党を離党しない」

「政治への思いがある」

「いつの日かまた議員になりたい」

といったことを口にしたのでしょう。

どうも自民党二階派は彼を辞職から守ろうとしていたようです。

しかし、二階派にとっても彼の辞職表明は想定外だったのかもしれません。相談もしないので辞職表明なのですから。

「もう面倒をみきれない」

自民党のなかで広がった感情でしょう。

育児休業にしても相談も根回しもしないで、いきなり表明しました。

彼の無計画、思慮の浅さ、思い付きの行動が彼自身の身の置き場をなくしているのか知れません。

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