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2016年5月27日 (金)

幸福の科学の大川隆法氏と北朝鮮の金正恩に共通するもの その4

(前回につづく)
 
大川隆法氏のいわゆる霊言本にある矛盾や間違いを学者らの指摘を交えて、大川氏の霊と対談するという設定で紹介したのが『大川隆法の霊言―神理百問百答』(米本和弘氏・島田裕巳氏共著、1991年12月発刊)。
 
この著書のなかで、大川氏の著書などをもとにして大川氏の半生を年表形式でつくったものがあります。
 
たとえば『太陽の法』1984年(243~244頁)に大川氏の恋愛経験(失恋)が綴られ、それらも年表に入っています。
 
大学二年の冬から、翌年の夏までは、都会育ちの才気煥発な女性に心魅かれて、ラブレターを書きつづけていたことをおぼえています。

ラブレターを書きつづけて、
半年後、やっと便せん一枚だけ返事がきました。
それをもって、二階にあがる階段の途中で、太陽の光にすけて見えるその手紙の薄さに落胆しました。

私は、彼女へのラブレターを小包にして送っていたのです。

私は、
その彼女とは、わずか一度しか話したことがありません
私は、対人恐怖に輪をかけた赤面恐怖症で、若い女性とは、ひとこと、ふたこと話すだけで、あとは上気してしまい、話にならなくなったからです。
とあります。
 
これを読む限り、大川氏は一度しか話していない(話していないというよりは大川氏が対人恐怖を超した赤面恐怖症のために話せなかった)女性に、半年間、ラブレターを(普通郵便ではなく)小包にして送り続けていたのです。
 
大川氏のこの経験は当時の大川氏の実像に近く、ある程度、赤裸々だったと思います。
 
しかし、この『大川隆法の霊言―神理百問百答』が出版されると、それを意識して、
 
大川氏はわざわざ『新・太陽の法』1994年(2頁)でこのようなことを釈明しています。
 
私自身の個人ヒストリーについても、できるだけ詳細かつ具体的に、新たに書き下ろした。
どうも、この国のジャーナリストや宗教学者には、謙譲の美徳が理解できないようなので、飾らずに率直に書いてみた。
として、
1984年の『太陽の法』にある記述は「謙遜」からのものだとして、1984年の『太陽の法』にある内容とは全くすり替わってしまっています。
 
大川氏の言い訳は「謙遜」の気持ちで『太陽の法』(1984年)に書いたことが、そのままの事実として『大川隆法の霊言―神理百問百答』に書かれたから、「謙遜」の気持ちをなくして「事実」を書いたのが『新・太陽の法』(1994年)だとするのです。
 
しかし、大川氏の書いた内容は全くすり替わっていて、事実自体が違っているとしか言いようがありません。
 
幸福の科学の初期は、『太陽の法』(1984年)にあるような自身の挫折を語る素直さや人間らしさが大川氏にあったのかもしれません。その素直で人間らしさを感じさせるところに共感して、幸福の科学に関心をもった読者もいたのかも知れません。
 
ところが、幸福の科学の会員が増えて、大川氏自身が「先生」「先生」と持ち上げられていくなかで、自分自身のなかに、あるいは幹部の間に、大川氏の神格化を進めていくことにしたのでしょう。
 
また、大川氏自身、自身を格別(特別)な存在であると「自覚」してしまったのかもしれません。
 
それで大川氏の半生の新たな「エピソード」が書かれたのが、現在目にする著作物です。
(つづく)

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