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2016年6月13日 (月)

幸福の科学・大川隆法氏の霊言なるものは批判されて当然かを考える その1

幸福の科学総裁の大川隆法氏は、神々から、古今東西の宗教家、政治家、また、作家もいれば芸能人もいれば、宇宙人も、そういった存在の「霊言」なるものを口にしています。
亡くなった人物だけでなく、存命の人物の「霊言」なるものを出しています。
幸福の科学の説明では、この「霊言」なるものは、その人物の「本音」だそうです。
ただし、その人物が「ウソ」をつくこともあるというのです(はずれたときには、それは「本音」ではなく「ウソ」をつかれたという言い訳の準備でしょう)。
地獄や餓鬼界に堕ちたことにされた人物の「霊言」なるものもあります。
たとえば、「霊言」なるものでは、酒井雄哉師が遷化(僧侶が亡くなること)された後は餓鬼界に堕ちているとして、食べ物を貪り食べようとしたりするような酷い仕草をしたり、修行中に堂の中にいる酒井師に弟子が肉を差し入れしていたと語ったことにしたりしています。
存命の人物であろうと故人であろうと、本人に反論・弁明の機会も与えないままに一方的に、「これが本人の本音だ」と言って、その人物の「本音」なるものを言うのです。
この酒井師の例では、修行中に堂の中にいる酒井師に弟子が肉を差し入れしていた「エピソード」も「霊言」の一言で許されるのでしょうか。
だいたいその証拠はどこにあるのでしょうか。
証拠がなくても「霊言」なるもので酒井師が語っているとすれば、それで済む話ではありません。
証拠・根拠もなく言うことは故人の名誉を毀損していることですし、酒井師の修行や宗教者としての資質を否定することになります。
宗教批判をするならば、それだけの論拠・根拠があって批判するのは当然なことですし、それがなくて、「霊言」だからでは到底許されるものではありません。
よくいう、本人のいないところで、その本人がこんなことを言っていたというような類でしょうか。
つまりは、本人が目の前にいないから本人が言ったことにし、やったことにする、そういう類です。
よくいう「死人に口なし」です。
しかし、大川氏は故人だけでなく、存命の人物の「本音」なるものまで発表して、それを出版して一般の書店に並べているのです。
本人の言葉として他人を非難もできるし、その本人の人格も攻撃できるのです。一方的な「フルボッコ」。
普通は他者を批判するときは、その人物の著書や手紙などをもとにするのに、大川氏の場合は、そんな根拠など、どこにもなく、本人の「本音」なる「霊言」という一言で済ませてしまうのです。
いわば根拠のない名誉棄損、故人や遺族への冒瀆、故人の尊厳を傷つける言動といえるでしょう。
(次回につづく)
 

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