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2016年7月18日 (月)

大川隆法氏はなぜ霊言なるものをやるのか その2

(前回につづく)
一方で、幸福の科学に対して懐疑的・批判的な方(アンチの方)は、この大川氏の「霊言」なるものを「イタコ芸」とか、大川氏のことを「イタコ芸人」とか揶揄しています。
 
ところで、私自身はイタコと言われる方々の能力や行為を否定しません。
イタコは死者の霊を自身に寄せ付けて、その死者の言葉を話すという「憑依現象」を起こすというものでしょうか。
そのイタコは自身を「霊媒」としています。
しかし、大川氏は自身を「至上神」「地球神」などと称しているのに、一方でイタコのような「霊媒」をやっているのです。
宗教家で、神から言葉を受けて人々に伝えるという「預言者」の役をしている方はよくいらっしゃいます。
それをもって、神の教えを説いていることになっています。
しかし、大川氏は、神々だけでなく、政治家や経営者、学者、宗教家、作家、天皇、あるいは武井咲さんやローラさん、前田敦子さん、木村拓哉さんら芸能人、はては宇宙人まで、それも亡くなった人もいれば存命の人もいるといった、多種多様な存在の「霊言」なるものをやっています。
大川氏自身は自分を「神」と設定していますが、大川氏の役割が「神」なのか「イタコ」なのか、どちらなのかわかりません。
「イタコ」が「神」を名乗っているのか、「神」を名乗って「イタコ」をやっているのか。
大川氏自身もどちらなのか分かっていないようです。
「神」であれば「神」の思いを「神」の言葉として人々に語ればいいですし、「神」の言葉を伝える「人(預言者)」であれば、「神」からの言葉として伝えればいいです。
しかし、大川氏の場合、自身を「神」と称しているのに、その時その時で目立っている人に飛びつくように、その人の「霊言」なるものをやりたがります。
ドラマに譬えたら、刑事の役で登場しているのに、犯人になったり、目撃者になったり、店員になったりと一体何者であるのかが分かりません。
下さったコメントのように、「霊言」なるものは
やみつきになっていると思いますよ。
のように、大川氏のなかでやめられないほどに楽しくなっているのかもしれません。
でも、一体、大川氏とは何なのかという根本の問題を実ははらんでいるのです。
ここに気づいたとき、では幸福の科学とは何かという基本的にして根本的な問題に突き当たるのです。
 
あるアイドルグループの女の子がライブの終わりに言っていました。
「今日もうちらのお遊びにつきあってくれてありがとう」
 
もしかしたら大川氏も
「今日もうちらのお遊びにつきあってくれてありがとう」

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コメント

1981年3月23日を大悟記念日と言ってますね。しかし、その日は大川氏が大悟した日ではなく、他力的に日興という霊が、大川氏に自動書記で、イイシラセという通信を開始した日なんですね。
日興という人は、日蓮の6人の弟子のひとりで、日蓮正宗の祖になった人です。同じく日朗が善川三朗の前世になってました。
その後日蓮が現れ、大川氏を6年にわたって指導したということになってました。この間、大川氏はトーメンに勤務しており、商社マンとして成功することを夢みて、マーフィとか自己実現とか、成功心理学や経営学の本などを相当読んでいたと思われます。
それが、幸福の科学始めてから著書講演に出てると思えます。
大川氏は、猛烈な自助努力と向上心で、運命を切り拓いて成功し幸福をつかみ、人生に勝利するんだという強い意志を持った青年だった。 差別と貧困から脱出するという上昇指向や富裕への願望も、非常に強い青年だったと思います。
しかし、トーメンというのは東大法卒のエリートコースではなかった。したがって挫折感や劣等感も強かった。


つづき。そこに、突如として霊界通信が降りてきたわけです。
まったく他動的に。そして、指導にしたがって宗教家として立つことを決意したわけです。

大川氏の自助も向上心も、すべて世俗的成功への指向であり、宗教家によくある道を求めてとか、ひたぶるに神を求めてという青年ではなかったんですね。

その青年に天啓がくだり、宗教家として立てられた。これが本当だったのか? ただのインチキだったのか?

これが、最初にして最後の関門でもあると思います。

私は本当だったのでは、と思います。
しかし、その後失敗したとすれば、その原因は、大川氏が世俗的成功のために強い意志と向上心で 努力してきた人だったという点にあるように思えます。
この世で大いなる存在になることが中心だった。
霊言集で収益と富と権勢を得ることが中心になっていってしまったのではないか。ある段階から天使と悪魔が入れかわってしまったのでは、とも思えるのです。

れもんの海 さま

コメントを寄せて下さりありがとうございました。

大川氏の原点となる時期についてご高察されておられるのを拝しました。

『大川隆法の霊言』(米本和弘氏著)などを読むと、大川氏にとっては東京大学に入ったものの、就職活動は失敗ですね。トーメンに入ったのも、このブログで書きましたが、『太陽の法』では本人にとっては相当の挫折感だったようです。

といっても、トーメンに入社しても『大川隆法の霊言』によると、事務処理能力が低くて、そこでも自信喪失に陥り、そこにきて、霊的なことをやりだすなどして変わり者扱いされてしまい孤立していくみたいですね。

そんななかで、宗教に興味があり知識もあった父親らと一緒に「霊言本」を出すことになるのですね。

ただ、彼自身、宗教について基礎から勉強する機会がないままに、せいぜい霊的なことに興味があったくらいでやっていたのでしょう。
しかし、勉強していなかったことが後で教義面で矛盾ばかりを引き起こし、本を書いても、基礎的な用語の読み方も意味も、人名も間違う始末です。
教義の組み立て、理解について、大川氏自身がよく分かっていないと思います。職員がなんとか大川氏の著書からつなげて体裁を整えている程度ではないですか。

私は大川氏は当初は宗教家になろうとか、教団を興そうとかは考えていなかったと思います。むしろ初期は教団化することを批判する発言もしていたのですから。ただ本で一山当てたいとは思ったと思いますが。

それが彼にパトロンというのか支援者になってくれる原氏という女性が現われたことが、彼にとっては予想外のヒットだったのでしょう。

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