宗教・生き方

2016年9月12日 (月)

発明王エジソンの最後の発明は、霊界交信機だった?

発明王エジソンの最後の発明は、霊界交信機だった?

フランス革命後の混乱の中から台頭し、フランス皇帝にまで上り詰めたナポレオン・ボナパルト。その死因については長年、胃癌であると言われてきましたが、2004年8月、英科学誌「ニューサイエンティスト」は、ナポレオンの医師団の治療ミスだったと発表。腹痛を和らげるために頻繁に行なっていた、浣腸が死因だったのではないかと指摘したそうです。

 歴史上の著名人の、あまり知られていない一面に注目する島崎晋さんによる『世界を変えた偉人たちのウラの顔』にはこうあります。

「法医学専門家スティーヴン・カーチ氏らの研究によると、ナポレオンの医療団は、彼の腹痛を和らげるために頻繁に浣腸を行なったうえ、酒石酸アンチモンカリウムという劇薬を定期的に投与していた。
 その結果、体内のカリウムが減少し、心臓に致命的な悪影響を与えた。そこへさらに、下剤として塩化第二水銀を大量に与えたことからカリウムが一層減少。そのため2日後に死亡したという」

 本書では、53名の偉人たちにまつわる意外な事実やエピソードが紹介されていきます。

 たとえば1665年、万有引力の法則を発見し、近代科学の祖ともいわれるアイザック・ニュートンですが、その実像は、今日イメージするところの科学者ではなく、むしろ錬金術師であったのだといいます。

 ニュートンが生きた17世紀から18世紀は、科学者という職業がまだ確立されておらず、古来の錬金術の伝統が生きていたそう。

 ロンドン造幣局長官を務めていた経験を持つニュートンは、1668年頃から1720年代まで、隠れて錬金術の研究をしていたそうで、その蔵書のなかには100冊以上の錬金術に関する文献も。またニュートンの遺髪からは、練金の際に不可欠な物質(水銀)も検出されたのだといいます。

 株価表示機(1869年)、電話機・蓄音機(1877年)、白熱電球(1879年)、発電機・電気照明システム・電気機関車(1880年)、動画撮影機キネトグラフ(1889年)、アルカリ蓄電池(1909年)をはじめ、数々の発明を行なったのはトマス・アルバ・エジソン。生涯で1300もの発明を行なったといわれるエジソンですが、その最後となった発明は、霊界との交信機だったといいます。

「人の記憶能力を司る脳内のブローカ細胞が、人が亡くなると脳を放棄して、個人の人生記録を保持したまま宙を飛んで行くと考え、その微小な単子になんらかのアクセスが可能ではないかと考えた」(本書より)

 そう考えたエジソンは、その手段として霊界交信機を発想したのです。

 いつも借金取りに追われていた楽劇王リヒャルト・ワーグナー、大学を2度も中退した進化論の発見者チャールズ・ダーウィン、116切りの色事師だった聖職者ジョヴァンニ・カサノヴァ......本書を読めば、偉人たちのイメージが少し変わる発見があるかもしれません。

(以上、転載了)

2016年8月23日 (火)

日本人が何気なく多用する「合掌」本当の意味

日本人が何気なく多用する「合掌」本当の意味

浄土真宗本願寺派僧侶でありながら、通訳や翻訳も手掛ける大來尚順氏による連載『訳せない日本語~日本人の言葉と心~』。エンターテインメントコンテンツのポータルサイト「アルファポリス」とのコラボによりお届けする。

■日本独自の合掌

昔、アメリカのカリフォルニア州バークレーという街で研究と英語漬けの学生生活をしていた時、私には唯一の楽しみがありました。それは、毎週土曜日の夜に放送されていた日本のドラマを観ることでした。

すでに日本で放送され終わってから2年は経過したドラマでしたが、私にとっては肩の力を抜いて過ごせる唯一のリラックスタイムでした。当時、『世界の中心で愛を叫ぶ』というドラマが放送されており、英語のサブタイトルも付いていたので、アメリカ人の友人と寮にあるテレビにかじり付いて観ていました。

このドラマのあるシーンで、母親役である女性が息子役の主人公の青年に「じいちゃんと相談しなさい」と伝え、息子は仏壇の前に座ってお焼香をし、合掌しながら、亡くなったおじいさんと会話するかのように、悩みを語りかけるというシーンがありました。私はごく自然なことだと思い、何気なく観ていました。すると、ドラマが終わった後、一緒に観ていた友人がそのシーンだけがまったく理解できなかったと言いはじめたのです。

彼の質問は、2つありました。1つは、ドラマの青年を含め、日本人はさまざまな場面でよく掌を合わせる動作をするのはなぜなのか? もう1つは、なぜ掌を合わせながら仏壇を通して亡くなった方を話すことができるのか、ということでした。洞察力に富んだおもしろい質問をするなと、私は感心したのを覚えています。

(注:ここでは日本人が何気ない習慣として手を合わせる場合に「手」、仏教的な意味を含んで手を合わせる場合に「掌」という漢字を使用しています)

元来、合掌とは、インド古来の礼法で、仏教徒が顔や胸の前で両手の掌や指を合わせて、仏(釈尊)さまや菩薩(悟りを求め、また衆生を救うために多くの修行を重ねる者)さまなどを拝むことを意味しましたが、仏教を通じて日本に持ち込まれたと考えられています。アジア諸国では挨拶の習慣として合掌することもあります。

日本には、何気なく手を合わせる習慣があります。お寺や神社に参拝するときの合掌は、インド元来の合掌の意味と同じだといえるでしょう。しかし、亡き人に向けた合掌、食前の「いただきます」と食後の「ごちそうさま」の合掌、誰かに「ありがとう」とお礼を伝えるときの合掌、誰かに「ごめん」と謝るときの合掌、誰かに「お願い!!」と何か頼み事をする時の合掌などは、日本独自の合掌のように感じられます。(ちなみに、日本では僧侶同士の挨拶の時にも合掌することがあります。)

手を合わせたその先

合掌は単純に動作だけを英語にすれば、「put one’s hands together」(手と手を一緒にする)「put one’s the palm of hands together」(掌と掌を一緒にする)「pressing one's hands together in prayer」(手と手を押し合わせながら拝む) というふうになりますが、これでは動作の中に浸透する日本独自の合掌の意味はまったく伝わりません。しかし、日本独自の合掌にはどのような意味があるのでしょうか。このことを深く考えた方は少ないのではないでしょうか。

私は、インド元来の仏さまや菩薩さまを拝む習慣に、神仏などの目には見えない力やはたらきへの畏敬の念が加わり、発展したものが日本独自の合掌だと思っています。

では、畏敬の念とは何かというと、それは「すべては当たり前」「生きている」という自己の驕(おご)りの反省です。本来の私たちの姿は、すべては当たり前ではなく、目には見えないはたらきかけにより、生かされているのです。

ここに「申し訳なさ」「感謝」「尊さ」の思いが湧き起こり、これらの思いが合掌となって体現されているのです。私たちの日常生活の中で手を合わせる場面を想像してみると、どの場合でもこれらの思いがあてはまるのではないでしょうか。

このような意味では、合掌自体は手を合わせる動作ですが、その深意を踏まえると「Embodiment of gratitude for invisible supporting working.」(目には見えないはたらきへの感謝の体現)と英訳できるのかもしれません。この感謝の体現が習慣化している日本は本当に優しい精神文化の持ち主だと思います。

次に、私の友人からの2つ目の質問である「なぜ掌を合わせながら仏壇に話しかけ、亡き人と話すことができるのか」ということですが、これはまだ明確になっていません。仏壇の前に合掌して座って語りかけるという情景は、家に仏壇がある家庭で育った方であれば、だいたいの方がなんとなく分かるのではないでしょうか。では、一体何がこの情景を作り出しているのでしょうか。

日本人の思いの体現

この情景における合掌は、主に亡き人を偲(しの)ぶ日本人の思いの体現だと思います。これは仏壇だけではなく、お墓参りも一緒です。お仏壇やお墓を目の前にして手を合わせない人はいません。これは、日本の亡き人を偲ぶ礼法です。

日本にはモノを擬人化する習慣があります。例えば、「大根さん」、「カミナリさん」、「机さん」などとモノに「さん」を付けて呼ぶことで、尊敬の念や親近感を持とうとします。この延長で、多くの方々が仏壇に安置されている仏像、位牌、または仏壇そのものを亡き人と重ね、「仏さん」「じいちゃん」「ばあちゃん」と呼んでは大事にしています。

実は、亡き人を仏として考えるのは、日本独自の発想なのです。よく成仏と言いますが、この「仏」とは、「悟った者」「目覚めた者」の意味で、元来「亡くなった人」を意味するものではありませんでした。しかし、亡き人を尊ぶ日本の土着精神文化が仏教と融合し、亡き人を仏という尊い存在とすることで、尊い気持ちを持って亡き人を偲び、悲しい気持ちを癒すという習慣が生まれたのです。

しかし、実際に仏壇に合掌して語りかけている時、本当に亡き人と会話しているわけではありません。実は、これは亡き人を偲びつつ、自分自身を振り返っているのです。

人は、忙しい日常生活では、自分の初心や足元を忘れがちになり、時として一時的な感情に任せて謝った判断をしてしまいがちです。そんな時、仏壇に手を合わせることで、亡き人の生前の教えや思い出を噛みしめ、自己の反省をしたり、冷静な自分を取り戻すのです。この場合だと、合掌は「Reflection of oneself through the deceased.」(亡き人を通した自己内省)となるでしょう。

もしご自宅の仏壇に手を合わせたり、お墓参りをしたりする機会があれば、合掌の心を踏まえたうえで、今の自分自身と向き合ってみてはいかがでしょうか?

(以上、東洋経済オンラインに掲載された、浄土真宗本願寺派僧侶・大來 尚順(おおぎ しょうじゅん)師の執筆によるものを転載 了)

檀家廃止・お布施公開し値下げ…住職の「変革」、反発も

檀家廃止・お布施公開し値下げ…住職の「変革」、反発も

佐藤秀男

2016年8月9日23時52分

檀家(だんか)が減り、経営基盤が揺らぐ「寺院消滅」の時代に、「変革」を起こそうとする住職がいます。明朗会計とサービス重視、ネットを使って信徒獲得をめざしています。でも、仏教界から強い反発があるようです。

 埼玉県熊谷市の見性(けんしょう)院は400年以上の歴史がある曹洞宗のお寺だ。住職はいまの橋本英樹(えいじゅ)(50)で23代目。その橋本が運営を一変させた。

 訪れた人はまず、参道入り口に掲げられた「心得十カ条」を目にする。僧侶として守るべき最低限の戒律を橋本が考えたものだ。

 質素倹約を旨とする▽原則、禁煙禁酒▽高級車に乗らない▽ギャンブルはしないといった項目が並ぶ。

 お布施の「料金表」も掲げてある。葬儀を担う導師がひとりで戒名が「信士・信女」の場合で20万円。通夜から初七日、火葬、戒名授与までを含んだ額だ。以前は50万円もらっていたのを大幅に下げた。

 橋本が「変革」に踏み切ったのは4年前だ。江戸時代から続いてきた檀家(だんか)制度をやめて、寺と、檀家改め「信徒」との関係を、互いに縛らないものにした。背景にあったのは檀家数の減少や、葬儀や法事が簡素化する流れだ。地縁に縛られ、新規の「顧客」が開拓できなければ、寺の経営は立ちゆかない。明朗会計とサービス重視を掲げ、ネットを通じて新規開拓する方向へとかじをきった。

 ログイン前の続きそこで400軒弱あった檀家との関係をいったん白紙にし、「随縁(ずいえん)会」という会員組織にした。葬儀や法事への対応は今まで通り。会費は無料。別の寺の檀家になってもいい。寺は新たな信徒獲得に乗り出す。

 お布施の明朗化に加え、遺骨を郵送で受け付ける「送骨サービス」を始めた。荷造りに必要な段ボールなどを希望者に送り、骨つぼに入れた遺骨を送り返してもらう。敷地内にある納骨スペースに合祀(ごうし)し、永代供養する。料金は送料込みで3万円強。宗派や国籍は一切問わない。維持費もいらない。

 「お金がなくて墓が建てられない」「墓の後継者がいなくて困っている」といった相談が以前からあり、低価格のプランなら受け入れられる自信があった。ヤマト運輸佐川急便は社の規約で遺骨の配送を認めておらず、日本郵便ゆうパックが受け入れている。多いときで、ひと月に全国から50人分の遺骨が届く。大半が寺のホームページを見て申し込んでくるという。

 橋本は駒沢大大学院を修了後、曹洞宗大本山永平寺福井県永平寺町)で3年間修行した。30歳で米国に渡り、スタンフォード大学の仏教学研究所に2年間籍を置いた。留学時代、日系寺院に泊まり込んで手伝いをしていた時期がある。

 そこでは寺が葬儀や法事をするだけでなく、茶道や華道、書道や太鼓といった日本文化を伝承する役目を担っていた。寺が活動に熱心なのは、アメリカナイズされた日系3世、4世を仏教につなぎとめるためでもあった。檀家に依存する寺から、万人に開かれた寺へ。「みんなのお寺」を掲げる見性院のヒントがあった。

 檀家制度をやめても多くが会員として残り、信徒は増えた。むしろ浄財が増え、昨年度の収入は前年度の1・5倍の約1億5千万円だったという。

 だが橋本の「ビジネス路線」に対する仏教界の反発は強い。曹洞宗の宗務庁は4月、送骨サービスについて「単なる経済的対価を得るための行為」と誤解され、「純粋なる信仰心と宗教行為に対する重大な冒瀆(ぼうとく)及び誤解の起点となる」と厳しく批判した。

 見性院が属する曹洞宗埼玉県第一宗務所の所長、安野正樹(建福寺住職)によると、「檀家の遺骨が勝手に郵送された」といった苦情が別の寺から寄せられているという。安野は言う。 「宗教者が遺骨の郵送を率先して奨励するのはいかがなものか。本当に困っている人を助けたいなら、自ら取りに行くべきだ」

 こうした声を橋本は、「宗教も経済的行為の上に成り立っている」と意に介さない。だが本来、ビジネスという「俗」から切り離された「聖性」にこそ宗教の本質があるのではないか。宗教と経済、信仰とビジネスは両立できるのか。疑問を橋本にぶつけると、「究極の問いですね」と答えて考えた後、こう言った。「これからは宗教とお金の関係をクリアにし、説得力を持って語れる寺だけが生き残れる。それが私の答えです」=敬称略(佐藤秀男)

(以上、朝日新聞デジタルより転載)

2016年8月10日 (水)

古いしきたりに金に汚い住職… お墓はもういらない! AERAから その4

(前回につづく)
大阪在住の会社員のFさん(女性、32)も、九州の実家で法事などがあるたびに「寺と縁を切ろう」と提案しているが、聞き入れてもらえないとため息をつく。

「住職がまさに『金の亡者』。気前のいい檀家とそうでない檀家では、態度や待遇はもちろん着てくる袈裟まで違う。『上客』だった祖父が亡くなった時には、呼んでもいないのに毎週お経をあげにきて、お布施を渡すまで帰らないので家族が大迷惑していました」

 この住職は子どものころから素行不良で有名で、両親も親戚も苦々しく思っているが、地域に同じ宗派の寺がないため寺を変えるのは無理だとあきらめているという。

「代替わりしたときに相当数の檀家が離れたようですが、その時に法外な『手切れ金』を請求されたという噂があり、両親はそれにも怖気づいているよう」

 菩提寺とのトラブルを抱える人をサポートしている柳谷観音大阪別院泰聖(たいしょう)寺の純空壮宏(じゅんくうそうこう)副住職はこう話す。

「菩提寺が求めてくるお布施や寄付が高額のため、距離を置いているという人は多い。そうなると親族が亡くなっても秘密にせざるを得ず、僧侶派遣サービスなどを利用してこっそり葬儀や法要を済ませるケースも」

●人質ならぬ「骨質」

 こうした場合は菩提寺にある墓に納骨できず、遺骨は家に置いたままだ。菩提寺に墓を閉じる改葬を申し出ると、高額な「離檀料」(檀家を離れる費用)を請求される例もあるという。
「業界では人質ならぬ『骨質』という言葉があるほど。遺骨を盾に数百万円もの離檀料を請求して檀家をつなぎとめたり、最後に取れるだけ取ってやろうと考えたりする寺は少なくない」(純空副住職)

 やむなく改葬を断念する人や、「若い後継ぎなら話が通じるかもしれない」と代替わりを待つ人もいるのだとか。

「檀家制度は現代社会にそぐわなくなっており、物理的な距離があったり心情的に嫌だと感じたりするなら無理に付き合いを続ける必要はないのでは。葬儀や法要など必要な時だけ寺を利用する方法でも十分供養はできます」(同)

●葬儀一時、墓一生

 気がかりではあるものの、親が死んだときのことなど考えたくはないものだ。それでも二村さんは「亡くなった時にはじっくり考える時間はないので、後悔が残りやすい。葬儀は済んでしまえば終わるが、墓の問題はずっと続くので元気なうちに親子で考えておきたい」とアドバイスする。

「子どもが墓の話を切り出しにくいと感じるのと同様に、親も言い出しにくいと思っているもの。幸い、日本にはお盆やお彼岸、法事など、墓のことを話題にしやすい行事がたくさんあるので、少しずつ話をしてみましょう」

 ただし、気がかりなことを一度に全部相談すると、年老いた親には負担になるという。

「自分の死後について考えなければならないことが多すぎると気持ちが暗くなり、『終活ストレス』につながります。時間をかけて少しずつ切り出し、考えてもらうのがおすすめです」

(ライター・森田悦子)

※AERA 2016年8月15日号
(以上、転載了)

古いしきたりに金に汚い住職… お墓はもういらない! AERAから その3

(前回につづく)
「異なる名字の表札が並ぶ2世帯住宅と同じようなもの。少し前は同じ敷地に二つの墓を並べる例も多かったが、最近は墓石も一つにまとめてしまう例が増えています。コストも安く、管理の負担も減らせます」

 異なる家の墓を一つにするため、「◯◯家の墓」とはせず、「和」などの文字を入れるケースが多いという。

 一方で、改葬に踏み切ることができず、悩む人もいる。年老いた両親を田舎に残して東京で家庭を持った会社員Eさん(女性、42)は、親が望む婿養子を取れずに結婚して家を出た。今も「後継ぎ」になれなかった罪悪感に苦しむ。

「この家と墓は誰が守るのかとなじられ、婚姻届を出した日に母に泣かれました」

 結婚後も母はあきらめてくれなかった。定年退職したら田舎に帰って実家に住むようにと言い、自分たちの死後に家を売ったりしたら許さないと釘を刺してきた。近所の菩提寺には先祖が眠る墓があり、実家には両親が300万円もかけて新調した仏壇がある。

「『帰ってくる気はない』と伝えられないまま、母は亡くなった。将来、父を見送ったら実家を手放したいが『家と墓を守れ』と言われるのが怖くて、父にも言い出せない」

 Eさんが家と墓を重荷に感じる理由はまだある。檀家になっている菩提寺への不信感だ。

「宗教家とは思えないほど、住職が金に汚い。よくわからない修繕や改築の寄付の依頼で両親は200万円も払わされていたが、決算書を見ても納得いかない項目がある。
母が事故死したときも、示談や賠償金について探りを入れてきたのはこの人だけ。悲しみに暮れる遺族にそんなことを聞くなんて非常識」

 父を見送ったら自分が檀家としてこの住職と付き合っていくことになるが、どれだけ「無心」されるのかと思うと憂鬱でならない。改葬のことは知っているが、自分たちを「金ヅル」と考えているあの住職が応じるとは思えず、考えるのも嫌になる。しかも、両親は地元で生まれ、農業を営んできただけに土地への愛着が人一倍強く、都会で眠らせるのは酷な気がして身動きが取れないのだという。

 日本葬祭アカデミー教務研究室代表で葬祭カウンセラーの二村祐輔さんは、親の見送りや墓の継承問題で生じる罪悪感について、こうアドバイスする。

「少子高齢化が進む今、墓を継ぐこと自体が困難になっています。昔ながらの供養観と現実は大きく乖離しており、生きていかなければならない自分より、死んだ親の希望を優先すると後から無理が出てきます。ましてや、顔も知らない先祖のことには割り切りも必要」

●法外な手切れ金を請求

 前出の井上さんも、「一生縛られ続ける必要はない」と話す。

「誰も来ない田舎より、子どものそばで眠りたいと思う人も意外と多い。土地への愛着が強い親ならいったん先祖代々の墓に入れてあげたうえで、10年ほどたってから都合の良い場所に改葬したり、合葬したりしてもいい。10年も親の希望をかなえてあげたのなら、十分親孝行したと考えて」

 若い世代だからこそ、実家と寺との関係に疑問を持つこともある。
(つづく)

古いしきたりに金に汚い住職… お墓はもういらない! AERAから その2

(前回につづく)
都内に住む会社員のBさん(女性、49)は、実の両親と義理の両親の価値観が正反対で困惑している。

「実の両親は『子どもに迷惑をかけたくない』と夫婦で入る樹木葬を契約してきたほど進歩的な考えの持ち主。一方、瀬戸内地方に住む夫の両親は昔ながらの墓を重視するタイプで、自分たちが入るための立派な墓地を購入しました。特に義父は墓石にもこだわりがあるようで、よその墓を見ては『これは高価なナントカ石だ』などと分析していて、自分の墓にも国産の高級墓石を使いたいようです」

 その高価な墓石は果たして自分で買うのか、あるいはBさん夫婦が用意してやらなければならないのかが気になるが、さすがにそんなことは聞けない。もちろん、Bさん夫婦も同じ墓に眠ると考えているようだ。

「私たち夫婦に子どもはいないので、遠方にそんな立派な墓を建てられても……」

 生まれ育った地方を出て都会で暮らす人も多く、働く世代のライフスタイルは多様化している。墓を継承する人がいなかったり、遠方で管理が大変になったりするケースも多い。こうした場合、今ある墓を閉じて、引っ越しさせることは可能だ。これを「改葬」といい、「墓じまい」とも呼ばれる。

 別の場所に新しく墓をつくって遺骨を移転させるほか、継承する人がいなくなる場合は複数の人を合同で祀る合祀墓に入れる(合葬あるいは永代供養)といった方法が考えられる。

 一般社団法人全国優良石材店の会の相談窓口にも、改葬に関する問い合わせは多いという。
「故郷を離れて都会に根を下ろした団塊世代が、遠くて親の墓参りに行けないという理由で検討するケースが多い」(全優石の担当者)

 千葉県に住む会社員Cさん(男性、58)は、車で1時間ほどの距離にある母の実家の墓を改葬した。5人の先祖が眠る墓だが後継ぎはおらず、母はCさんが継ぐようにと言い置いて亡くなった。

「母が眠るわが家の墓地に合祀墓があることを知ったので、そこに移すことにしました」

 母の実家の墓を引き払い、持ってきた遺骨をこの合祀墓に入れてもらった。自分の家の墓と同じ敷地にあるので、墓参りの際にはこの合祀墓にも手を合わせるようになった。

「合祀といえど同じ墓地にあるので、ついでにお参りできるのが気に入ってます。亡き母も親きょうだいの墓が近くにきて喜んでいるでしょう」

 父方の墓と母方の墓を一緒にした人もいる。宮城県に住む会社員のDさん(男性、59)は、母の実家の墓を改葬し、中の遺骨を父方の実家の墓に入れた。母に男兄弟はおらず、独身だった亡き叔母が自分の代で無縁墓になることを気に病んでいたという。

「10年以上墓参りできておらず、気がかりだったのでホッとした。両家の宗派が違うことが心配だったが、親戚は気にする必要はないと言ってくれた」

●寺への不信感が募る

 夫婦それぞれの実家の墓を合わせた墓は「両家墓」といわれ、近年注目される墓の形態だという。前出の井上さんはこう解説する。
(つづく)

古いしきたりに金に汚い住職… お墓はもういらない! AERAから その1

古いしきたりに金に汚い住職… お墓はもういらない!

核家族化で先祖供養への意識が薄れる中、継承者がいなかったり、地方にあって管理が大変だったりする墓を片付ける人が増えてきた。2030年に年間死亡数が160万人を突破するニッポン。新しい供養のあり方とは。

「初めて見た墓の中は暗くて汚くて、こんなところに入るなんてかわいそうに感じた」

 3年前に父を見送った自営業者のAさん(男性、41)は、納骨の時をこう振り返る。Aさんの宗派では骨壺ではなく、遺骨を直接墓の中に入れる。先祖の遺骨の中に父の遺骨をガサッと入れてしまうと、どれが誰の骨かもわからなくなってしまった。

 建設コンサルタントとして途上国を転々としながら国際協力に携わっていたAさんの父は、大好きな南アフリカの海に散骨されることを望んでいた。納骨する分とは別に取っておいた遺骨を、早く父が望む海に連れていってやろうと決意した。

●アフリカの海に散骨

 自身も父と同様に途上国支援の仕事に就き、アフリカは第二の故郷のような存在だ。遺骨を持って南アフリカに渡り、ケープタウンからロベン島行きの観光船に乗った。深いコバルトブルーの海面に、遺骨をハラリとまいた時、ここでの散骨を望んだ父に共感できたという。

「波に乗って世界を回り、小魚の餌となって食物連鎖に組み込まれることで、永遠の命を与えられるような気がした」

 一人残された母のため、Aさんは海外での仕事を辞めた。これまでのキャリアは海外でしか通用しないので、日本で働けるよう国内業務に必要な資格取得を目指して勉強中だ。
若者にとってはどこか遠い出来事である「死」も、40、50代ごろから突然身近なものとして迫ってくる。親を見送る経験をする人が増え、「喪主」を務めるという現実に直面する。

 2000年には96万人だった年間死亡数は、15年に戦後初めて130万人を突破したと推計されている(厚生労働省・平成27年人口動態統計)。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、年間死亡数は今後さらに増え続け、30年には現在より2割以上多い160万人を突破する勢いだ。膨大な数の「死」が今後、生きている者に否応なく降りかかってくる。生きる世代には、そのための心構えや備えが不可欠だ。

「だれもが自分自身の最期を考えるより先に、親の死に直面する。ほんの10年ぐらい前は、伝統的なしきたりを守らなければ非常識、親不孝とされてきましたが、最近は新しい価値観を親世代と共有し、自分たちらしい見送りをしようとする人が増えています」

 と話すのは、認定NPO法人エンディングセンター理事長の井上治代さんだ。

 同センターが企画した「桜葬」墓地は、桜の木を墓標として遺骨を土にかえす葬法だ。継承者が不要なので、子どもがいない人が利用するのかと思いきや、生前に契約する人の7割以上に子どもがいるという。しかもその半数弱には息子がいる。

「後継ぎの有無にかかわらず、墓の継承という負担を残したくないと考える人が多い」(井上さん)

●子なしなのに立派な墓

 しかし、伝統的な「家の墓」の概念も、根強く残る。
(つづく)

2016年8月 3日 (水)

近隣住民が語る「お寺の非常識すぎる事件」3選

神仏なのに…!近隣住民が語る「お寺の非常識すぎる事件」3選

Electra-K-Vasileiadou/iStock/Thinkstock

寺院といえば、神物を祀っている由緒正しき場所である。しかし中には、開いた口が塞がらなくなるような非常識な寺院もあるらしい。

しらべぇ取材班は、近所の寺院に迷惑を被っているという人々に話を聞いてみた。

(1)朝早くから夜遅くまで工事をする

「私が住んでいる隣に寺院があり、そこの敷地に住職さん一家が住むための家が新しく建設されだしたんですが...。

すぐに建てたかったのか、週7日、朝7時から夜23時まで工事をして、ガガガガガと鳴り響く。私の住んでいるマンションの真横に家が建つ形だったので、それはもううるさくて、ノイローゼになるかと思いました。

また、うるさいと思っていたのは他にもいたらしく、建設中に『うるせー』とスプレーで壁に落書きされていたことも。

それでも工事をまったくやめず。近所の人たちも『神様のいるお寺さんだから強く言えないよね...』と困っていました」(女性・30歳)

(2)配慮がなさすぎる寺院

「そこの寺院では、毎年夏になると『寺子屋』という、小学生くらいの子供たちをたくさん集めたお泊まり会のようなものを開くんです。

それが開催されると朝の6時からスピーカーを使ってラジオ体操を大音量で流し、さらに大勢の子を取りまとめるために拡声器を使って住職さんが大声でわめく...。

しかも『ふざけんな!』『てめぇ、もう帰れよ!』など、子供相手にまるで暴力団のように恫喝する口調を使うから、さらに不快。

近所の保育園運動会をするだけでも『うるさくなります。すみません』と手紙をくれるのに、そこの寺院は大迷惑なくらい、うるさくするのになんの配慮もないです」(男性・27歳)

(3)住職さんだってお金大好き

「私の住んでいる家は、寺院の裏手にあり。住職さんと住職さんのお母さんや妻などが、よくその裏手が喋っていて声が丸聞こえなんですが...。

『◯◯さん、もうすぐ死ぬらしいわよ。うちでお葬式やってくれるかしら』『あの人だったら「お気持ちで...」と言っても200万円は硬いなぁー』など、生々しい話が毎日のように聞こえてくる。

人間って所詮は意地汚い生き物なんだな...と、気づかされました」(女性・23歳)

神聖な気持ちでいった寺院が、非常識であったら気持ちも踏みにじられたように感じるだろう。このような寺院とは関わりたくないものだ。

・合わせて読みたい→大阪のお寺でできる「地獄めぐり」が怖すぎて号泣レベル

(取材・文/しらべぇ編集部・オレンジおっかさん)

(以上、転載了)

僧侶が自身が僧侶であるという自覚、それがなかったら自分自身も世間から笑われますが、仏教への信頼をなくすことになるのですね。

2016年7月20日 (水)

名門野球部消滅どころかPL学園「廃校」の危機 野球部OBが明かす“実情”は…

名門野球部消滅どころかPL学園「廃校」の危機 野球部OBが明かす“実情”は…
春夏の甲子園大会で7回の優勝を誇る高校野球の名門、PL学園が15日、全国高校野球選手権大阪大会の初戦の2回戦で東大阪柏原に6-7で敗れ、今夏限りで事実上、消滅することになった。OBらから復活を求める声が高まっているが、背景には「最後の夏」にならざるを得ない大人の事情があるようだ。

 PL学園は1点を追う7回に2ランで逆転。しかし直後に追い付かれると、8回にも1点を許し、力尽きた。梅田翔大主将は「一回でも多く校歌を歌いたかった。OBの方に申し訳ない」と泣き崩れた。

1956年に創部、春夏7度の甲子園大会を制し、桑田真澄、清原和博両氏の「KKコンビ」らプロ野球界に81人も輩出した名門の「最後の夏」を見ようと、この日のスタンドには2800人が集まり、OBらも駆けつけた。

 元阪神の木戸克彦氏は「野球部は終わらない。復活へバックアップしていきたい」と支援を約束。元巨人の橋本清氏も「廃部ではないので、僕らも夢は残っている」と復活を熱望したが、その道のりは険しいようだ。

 PL学園は宗教法人「パーフェクトリバティー(PL)教団」が1955年に創立したが、教団自体が大きく信者を減らし、運営基盤が弱体化しているという。

 文化庁の宗教年鑑によると、「KKコンビ」で一時代を築いた1980年代は約260万人だった信者数は2000年には約112万人と減少し、15年には約90万人まで落ち込んでいる。

 教団の衰退に伴いPL学園も苦境に陥り、大阪府教育庁によると、今年の入試では募集人数88人に対し、志願者は24人にとどまり、全生徒数も188人に減少している。

 ある野球部OBは「野球部員の受け入れ停止になった2年前に、OB約300人が部員受け入れの嘆願書を学校側に提出したが、音沙汰なしだった。もう野球部うんぬんの話ではない。学校の存続すら危うい。教団が学校を存続させるか、廃校させるか決めかねているのが実情です」と明かす。

 毎年8月1日に開かれる「教祖祭」の夜に行われる国内最大規模の花火大会「PL花火芸術」も2000年の約12万発から今年は約1万発へ縮小される。一部の信者の間では、教団が信者に無利子で募る債券の返金が遅れているという噂も飛び交っているという。

 かつて教団の広告塔として大きな役割を果たした野球部だが、OBやファンが願う「逆転のPL」とはいかなさそうだ。zakzak

2016年7月14日 (木)

善光寺:住職罷免を申し立て セクハラ問題で「一山」

善光寺:住職罷免を申し立て セクハラ問題で「一山」

善光寺(長野市)の住職の一人で、天台宗「大勧進」のトップ、小松玄澄貫主(げんちょうかんす)(82)が職員にセクハラをしたなどとされる問題で、傘下の天台宗寺院住職らで構成する「一山」代表者らが13日、「信徒の信頼を失墜させた」として、天台宗務庁(大津市)に住職の罷免を申し立てた。

 一山の代表者によると、申立書には、小松貫主が女性職員に対し、セクハラ行為や不当な配置転換、差別的発言などをしたとし、「一連の行状は信徒の信頼を失い、天台宗が定めた懲戒規定に違反する」と罷免を求めている。13日付で、宗務庁トップの宗務総長に郵送したという。

 代表者は「僧侶は高い倫理性が求められており、小松貫主は一連の問題への道義的責任を取るべきだ」と説明。「善光寺全体が名誉を傷つけられた。信徒の期待に応え、一から立て直すためにも早く解決し、態勢立て直しを図りたい」と述べた。【稲垣衆史】

(以上、転載了)

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